シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第十六話 再度玄関





 がらんというオノマトペが本当に聞こえてきそうなほど寒々しいエントランスの中、初嶺 未結(ハツミネ ミユ)は座り込んでいた。

「…………………………」
「誰もいませんねー」

 左右を見渡して感想を漏らした力翔クンはワイシャツのボタンを開けて胸元を緩めていた。もう一人の同行者である奏チャンは黙ってエントランスの奥で何かをしている。
 向こう側がコンクリートで埋められてしまっていたシャッターの前で、未結達は途方に暮れていた。

「……………出られませんでしたね」
「…………………………」

 強引で雑で、あまりにもわかりやすい封鎖のされ方。壁を壊して出ようなんて考えすら思い浮かばなかったほど、圧倒的な通せんぼ≠ナあった。

「………………………………………」
「……………あー」

 顔面を蒼白にさせる未結に声をかけようとするが何を言えばいいかわからず力翔クンは頭をかいた。

 封鎖されて出られないのはかなりショックであったが、漫画の展開にはよくあることで未結にも薄々分かっていた。が、これは予想とかそういう問題ではなかった。

 三人は廊下についた煤と細かい傷跡と地雷の破片―――爆発の跡を追ってここまで来た。
 そうすれば他の参加者に会えると力翔クンが考えて、二人が賛同したからだ。
 確かに会えた。当たり前だ。地雷の跡を追っていたのだから、地雷に追いかけられていた人間もその先にいると決まっているのに。


 既にこと切れた参加者の一人には出会ってしまったのだ。


 見た瞬間に失礼ではあったが、未結は吐いてしまった。
《エクストラ・ゲーム》の時、遠目であったが人相がわかる距離で彼のことを見た。赤いバンダナを腕にまいただけの、そこにでもいそうな、それこそ未結と同じ大学の構内ですれ違っていても気付かなさそうな青年だった。

 だが別の理由で未結には〈それ〉が青年であると気付けなかった。
 数十分前に見た姿が、赤いバンダナ以外に共通点が見つからないほどに焼けただれていたのだ。髪はほとんどなくなり服は燃え皮膚にはりつき、露出した肌は赤黒以外の色がなかった。
 生きているとは全く見えない惨状で、当たり前のように彼は死んでいたのだ。

 漫画やアニメを見ることは未結にとっては生き甲斐であり、ジャンルを選ばない乱読派である。だからこそ、PDAに書かれている内容(ルール)を鵜呑みにして怯えた。
 だからといって、本当に実感していたかといえば別である。いや、別だったようだ。事実であると未結は受け止めていたはずだが、それは所詮ホラーゲームをプレイするような真剣に怯えながらもどこか他人事な感覚だったのだろう。
 そのズレを死体によっていきなり修正させられたのだ。
 漫画のような設定で映画のような状況であったとしても、現実の犯罪に巻き込まれたのである、と。

 それ以前に、祖父母が生まれた頃からいない彼女にとって先立つ親類がおらず、死んでしまった人間を見るのは初めてだった。
 視覚的・状況的な二つの意味で未結に与えられた衝撃は簡単に受け止められるものではなく、こうして放心状態で座り込んでいるのだ。

 そっとしておいた方がいいと思ったのか力翔クンは奏チャンの様子を見に離れていった。
 つられるようにして未結も立ち上がろうとしたが足が動かすことも出来ず、ふたたび座り込んでしまう。

 その動きでぱたりと脇に置いといたトートバックが倒れてしまい、はみ出た小物をしまおうと伸ばした手が止まった。
 バックからはみ出ていたのは銀色の機械のPDA―――《ゲーム》の案内書だ。

 思わず引っ込めかけた手を伸ばして、見ないようにしながらPDAを戻そうとした。震える手と見ないようにしていたせいで未結の指はPDAのボタンを押してしまう。
 音もなく電源が入ったPDAの画面に浮かぶのは血飛沫のように描かれたハートの【10】



  《10:5個の首輪が作動していて、5個目の作動が2日と23時間の時点よりも前で起こっていること》


 首輪の解除条件がどう足?いても他者の死が前提となった、人の死が必要なPDA。


 ―――――――誰かが死なないと、生きて帰れない。


 連想ゲームのようにその事に思い到ってしまったことに罪悪感のような恐怖のようなものを感じた未結はばっとPDAの電源を落とすこともせずバックに押し戻した。

「……………………っは――――――――はぁ」

 知らず知らずのうちにいつも以上に動いていた心臓をおさえるように、胸に手を当てた未結は立ち上がってふらつく足を動かし立ち話する二人に近づいて行った。力翔クンが奏チャンに話しかけているようだ。

「…………もしかして、泣いてた?」
「そんなことない」

 ツンとしている女性から見ても綺麗な顔で着物が驚くほど似合う奏チャンと無表情なのにどこか柔らかいかわいさを持った力翔クンに未結は声をかけた。
 振り向いた奏チャンの眼は赤いような気がしなくもなかった。

「……………………これから、どう、しよっかー?」
「どうするか―――一時しのぎの案なら簡単、上りましょう」
「……………上る? 理由を聞かせて欲しい、かも」
「ここにいても、というより一階にいてもいいことないです。それなら二階へ向かった方が他の参加者と合流しやすいと思います」
「えっとー、それはなんでー?」
「それはですね」

 荷物を何も持っていない彼はポケットから無理やり押し込んでいたPDAを取り出した。その黒とライトグリーンの画面に映しだしたのは《ルール》。



《D侵入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。
 侵入禁止エリアへ侵入すると首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。
 また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。》




「これを読めば誰でも上の階に進もうとします。最下層から浸水した船を思い浮かべるといいですね」
「そっかー。わざわざ下に向かう人はいないよねー。おぼれちゃうもの」
「………………なら急ぐべき、かも。他の人が待ちくたびれて、いなくなる前――――」

 不自然な感じに奏チャンの言葉が途切れた。
 どうしたの? と未結が聞く前にそれは現れた。

 奏チャンの視線の先――――エントランスにつながる三つの通路、爆発の跡がうかがえる真ん中の通路からではなく右手側から、金髪でシルバーアクセサリーをぶら下げた胸襟が大きく開いた柄物のシャツを着ている、いかにも夜の街を遊び歩いていそうな若者がエントランスに入ってきたのだ。

 びくりと未結の肩が自分の意志とは関係なしに跳ねる。もとより気の弱い未結にとってこの手の人間は恐怖以外の対象にはならず、この建物の意味を考えると普段以上に怯えを隠すことが出来なかった。
 だが、こちらが怯えようともむこうには関係がなく、エントランスを見回していた若者がこちらに気づいて近寄ってきた。

「お、よう」
「……………ひっ」

 一番近い所にいたからというだけだろうが話しかけられた未結は軽いパニックになってしまい、悲鳴にもならない空気の動きで喉が鳴ってしまった。

 つい先ほど、この《ゲーム》の最悪な結末を早くも迎えた生々しい映像を見たからでもある。この知らない人間が未結には何を考えているかわからない、とても恐ろしい人以外の何かに見えたのだ。

 それに気付いたからか話をするためか、力翔クンが一歩前に出た。意図してかせざるか、二人の少女の矢面に立つような格好になる。

「どうも。あんたも参加者?」
「ん、ああ。お前らもか」
「そうみたいです」

 カッカカッと首輪を指先で叩いて音を出した力翔クンにつられて若者は首元に手を伸ばした。そこには銀色の首輪がはめられている。化粧用の手鏡で確認したのでわかる、それは未結にもはめられた《ゲーム》参加者の首輪だ。

「僕は黒沼 力翔。こっちが田上さんと初嶺さん」
「……………」
「……………ど、どうも」

 同じ参加者ということが分かり怯えながらも未結は力翔クンの陰に隠れるようにして挨拶をした。その様子にいやな顔一つせず若者は名乗る。

「細波 六郎だ。はっ、お互いメンドーなことに巻き込まれたな」











「《ルール》6は賞金で7が正当防衛、と。改めて見ても手が込んでる。ゲームみたいだ」
「はー、つまりアンタ達はここに来たばっかで他の人間には会ってねーのか」
「は、はいー…………あのー、細波さんは他の人にお会いしたことは?」
「あんぜ。高校生と小学生女子とオッサンだ」
「そんな小さな子までー……………!?」

 薄汚れたエントランスの地べたに車座になった未結たちは、あらかたの情報交換を男性二人が中心となってしていた(未結はたまに口を出すだけで、奏チャンは終始黙っていた)が、かんばしい―――それこそこの建物から出る方法などは若者――細波サンも知らなかった。

「それでその三人にここで待つように言って俺は他の参加者を探しに行ったんだがよ。戻るのが遅すぎちまったか、いなくなってたみてーだな。一応聞くが、見かけてねーか?」
「細波さんが初遭遇ですよ、僕たちは」
「ま、そううまくいかねーか。…………ん、おいどうした」

 おもに力翔クンのみと話していた細波サンがいきなり未結に話しかけてきたので驚き声が上ずってしまう。

「な、なんですかー?」

 話をして少しは恐怖感が薄らいだが、それでも少しだ。粗暴そうな様子に失礼と思いながらも怯えを隠すことが出来ない。
 思わず立ち上がって釈明しようとするが、立ち上がろうと力を込めた腕がへなへなと崩れて転びそうになったのを、奏チャンに支えられることで何とか体勢を立て直した。

「おめー、大丈夫かよ。アメ舐めっか?」
「あ、あめ?」

 細波サンが出した手に乗っていたのは色付きセロファンに包まれた小さな飴だった。素行の悪そうな彼に似つかわないアイテムの登場に驚く未結に差し出されている。

「緊張してる時とか、疲れてる時に甘いもん食うとリラックス出来んだぜ」
「………あ、ありがとうございますー」

 呆気にとられながらも未結は受け取った飴をさっそく口に放り舌の上で転がす。
 溶けて舌に染みる味はイチゴのようだ。甘い味がほっぺたの奥に痛いくらいに染みわたる。甘い味がほっぺただけではなく胸の中にまで染みわたったかのように温かくなくるのを感じた。

 疲れが取れるまではいかないが緊張がほぐれて、単純かもしれないが細波サンに怯えていたのが申し訳なくなる。
 そんな未結の心中が伝わるわけもなく細波サンはもう未結から視線を外し力翔クンの方に向いていた。

「んで、これからどーすっよ」 
「うーん、階段に向かおうかな、と。二階へ行く階段なら絶対に通らないとならないですし、僕たちみたいに他の参加者に会いたい人たちが集まってるかもしれませんから。
 まあ、PDAの地図が正しくて二階へ上る方法が一つきりの階段だけ、の話ですけど」
「そんなら俺の同行者達も見つけられるかもしれねーな。俺もそこまで同伴してもいーか?」
「僕は特に。初嶺さんと田上さんは?」
「わ、私はいいですよー。人数が多い方が安心できますし」

 先入観だけによる決めつけを反省をして、ここぞとばかりに未結は賛同する。いままで全く言葉を発さなかった奏チャンも同じようだ。

「……………異議はない、かも」
「じゃあ、さっそくだけど行きますか」

 腰を上げて立ち上がる力翔クンに続き立ち上がった細波さんが「あー…………」と声を出して部屋の奥を見た。

「そーいやPDAは一人一台持ってんだよなあ」
「そうですね。僕ら四人が全員持ってますし、PDAにあったルール通りなら参加者は絶対一台は持ってるんじゃない」
「………………じゃあ、あいつも持ってんのか?」

 見ていたのは部屋の奥ではなくその先、部屋から突き出た廊下の先、未結達が来た通路。そこには、未結達が初めて出会った参加者が息もせずに倒れている。
 思わず向けてしまった視線をそらすが、未結が目をそらした先の力翔クンはじっと見つめていた。

「持っているでしょうね……………これからの事を考えると、PDAは一つでも多い方がいい」
「………………まさか、取ってきちゃうのー!?」

 力翔クンの言いたいことが分かって、未結が驚きの声を上げる。

「地雷で亡くなったみたいだから、壊れてるかもしれないけど。それでもPDAがこの《ゲーム》で重要なモノなのは確かだから、取ってくるべきだと思う」
「…………でもー、そんなの悲しいよー……………」

 言っていることは一理あるのだが、それでも未結は忌避感が抑えられない。死んでしまった人に何かをするというのは、それが必要な事だとしても納得できなかった。

「……………僕が行ってきますから、待っててください」

 それだけを苦笑に浮かべながら言うと力翔クンは真ん中の廊下へ向かって歩き出してしまった。その笑顔は無理矢理作ったかのような、見ている人間も悲しくなるような少年らしからぬ笑みだった。

 彼だって望んで言いだしたのではなく現実的には正しいことなのに責めるような言い方をしてしまい、未結は自分が傷つけてしまったと慌てて追いかけようとする。が、廊下奥の焦げ跡を見て身がすくんでしまった。もう一度、あの人を見る勇気が出せなかったのだ。

 戻ってきたら謝ろうと落ちこみながら見ないようにして立ち上がると、奏チャンがじっと廊下奥を見つめていた。無口な彼女だが、やはり心中は穏やかではないのだろう。

 年上の自分がこんな様ではいけない、と未結は自分に言い聞かせる。
 力翔クンにしても奏チャンにしてもまだ制服を着て(奏チャンは着物姿のインパクトが大きすぎて想像できないが)学校へ通う学生さんだろう。未結は年長者としてそんな二人をしっかりと引っぱていく必要べきなのである。

 自分一人だけなら奏チャンに発見されるまでしていたようにベッドの中でうずくまって時間が過ぎるのを待っていただろう。今でもベッドの中に潜って、漫画やゲームの妄想にひたりたいと未結は思っている。
 友人にも抜けていると言われ母には父親そっくりであると嘆息される未結ではあるが、緊急時にそれほど離れていないとはいえ年下に頼ることを良しとするほど腑抜けてはいない。

 それに今は四人で、一人でいるより何倍も心強く、がんばろうという気持ちになれる。
 出会った時は細波さんが怖くて仕方がなかったが、言葉を交わして気遣ってもらい単純かもしれないが信じられる人だと思える。
 知らない場所で知り合ったとはいえ一緒にいる人が増えるというのは、それだけで安心できるのだ。彼がいることで自分が最年長ではなくなった、というのもある。

 細波さんという前例もあって、この調子なら他の13人の参加者とも平和的に話しあって協力すれば何事もなく帰れるかも、と未結は楽観的過ぎる小さい希望さえ抱けていたのだ。

 改めて細波にこれからお願いします、と未結は律儀にも細波に言おうと隣に立つ青年へ目を向けた。
 彼はガラシャツで隠れたベルトに挟まれていた細長いナニカを取り出している最中だった。
 ソレが何かを認識するよりも早く、細長いソレがぶぅんと風を切り未結に向かって振るわれた。








『ゲーム開始より06時間26分経過/残り時間66時間34分』

 第十六話 再度玄関―――――――――――――終了




第十七話 追走逃走






目次に戻る

HPに戻る

素材屋・