シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第十五話 強襲落下







「うわぁぁぁぁああああおおおおおぉぉおぉぉぉぉぉ!」
「っっっ、きゃああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 忍が見ている前で少年と少女は、いきなりぱっくりと開いた床に飲み込まれるようにして落ちて行った。

「ちっ―――――――――!」

 内開きに開いた床にすぐさま忍が近づくと奥に少年と少女の姿が見えた。底はそれほど深くもなく――灰色の廊下が見えるので一階に直下したのだろう――二人とも無事のようだ。

 ためらうことなく自分も飛び降りようと忍は身を宙に踊らせようとしたが、背後から何かが飛んできた。

「―――――――――ッ」

 振り返るようにして〈それ〉を避けたが、致命的だった。
 再び忍が開いた床に目をやると音もなく閉じていて、何の変哲もないただの灰色の床に戻ってしまっていた。

 舌打ちをする間もなく、忍に第二の〈それ〉が襲いかかる。

「ふぅ……………」

 今度は右肩辺りに向かって飛んできたので、少し体をずらすだけでかわせた。〈それ〉は当たればタダでは済まない速度で忍の横を通り過ぎ、シャッターにぶち当たり耳障りな音を出す。
 ころころと反動で転がってきた〈それ〉を忍は踏みつけた。

「缶詰…………ですか」

 魚の写真がプリントされただけの平べったい円柱――――缶詰だった。二階を探索した時に見かけた食料の中に似たようなものがあった。

 てっきり忍は落とし穴に落ちなかった人間を攻撃する罠―――エクストラゲームの地雷のようなトラップ―――かと思っていたのだが、コントではないのだから罠で金ダライや缶詰を飛来させたりはしまい。

 もとより、飛んできた方向に人物がいればそんなこと考えもしないだろう。

 40メートルほど離れた十字路の中心、廊下に比べると広くなっている地点にその人物はいた。
 意図的に蛍光灯を壊したのだろう、暗い廊下がその辺りだけさらに暗くなって人物を正しく認識出来ない。せいぜい、小柄の男か女性といったあたりだろう。

 既に忍に気付かれたというのに謎の人物は慌てて逃げたりはせず、たたずんでいる。

「………………ふむ」

 不意に襲われたことへの緊迫感や人殺しが許容されている場所で襲われたことへの恐怖感が全くないのだろうか、忍はあごに手を当ててゆうちょうに考え事をしていた。
 襲われたことの理由よりも、襲った方法に疑問をいだいていた。

 足元にある缶詰は忍の手ならばちょうどよく握れる大きさで投げやすそうだ。しかし、40メートルも投げられるかと言われれば微妙なところだ。まして天井がある屋内では無理かもしれない。
 それをあの速度で目標に向かってぶつけるなど不可能だ。
 しかし現に缶詰は頭にぶつかれば怪我では済まない速度で飛んできた。

 これはいかに? などと忍が答えを出すよりも先に、その方法を謎の人物は教えてくれる。

 謎の人物は片手にヒモ―――よりも太い、タオルか布を両手で持っていた。
 そしてその場でぐるんぐるんと回り始めたのだ。布は遠心力に従って謎の人物を中心に振り回される。回るスピードは3回、4回と回転するごとに速くなった。

 どこかで見たことある、と思った忍はすぐに思い出す。
 回転して振り回すフォームはテレビで見た砲丸投げに似ていたのだ。
 そして砲弾は放たれた。

 謎の人物が布から手を離したと思ったら、その布から砲弾―――缶詰だろう―――が一直線にぼーっと見ていた忍に向かって飛んでくる。
 ただ手で投げたのではとても出せない速さと飛距離と威力で、忍に向かって襲いかかった。偶然なのか狙ったのか缶詰は忍の顔に向かっている。当たればタダでは済まない。

 まごうことなき命の危機に忍は眉すらをも動かさずに、首を傾けるだけで避けた。

「腕、いいですね」

 ぽつりと相手に聞こえるかどうかわからない声量で忍は言った。ぴくりと人影が動いたような気がした。

「スリング――――でしたっけ。布を使っての投石武器。弓がまだないころ、狩りなどに使われていた原始的な道具ですよね」

 変わらずの相手に届くのかわからない声量を口にしながら一歩進んだ。

「横文字にだと大げさですが、要は砲丸投げと同じ。布を使った遠心力で弾丸を飛ばしているにすぎません」

 一歩進んだ。

「つまり、砲丸投げと同じ技術が必要な訳ですが――――そんな技術を普通の人間が持っているものでしょうか?」

 一歩進んだ。

「ストラックアウトってあるでしょう、パネルをボールで撃ちぬくやつ。あれって意外と難しいんですよね。10メートル先の10センチ四方のパネルなんて普段から投げ慣れていて腕が良くないと無理なんですよ。回転しながら、を条件に加えるならなおさら」

 一歩進んだ。

「だから武器がないから布と缶詰の有合わせで作ってみたー、とはいかないんですよ。普通は使いこなせません」

 一歩進んだ。
 猟犬が気配を殺して一息で野兎に噛みつける位置まで忍びよるような動きだった。

「それで、使いこなせているあなたは何者ですか?」

 一歩進んだ。
 その距離は既にお互いの顔がわかる位置だったが、それでもまだ距離はある。襲撃者はそれを黙ってみていた訳ではない。その足を止めようと次弾を放っていた。
 近づいた故に微かにだが早く速い弾丸が、十分な殺傷能力を持った鈍器が飛んでくるが、忍は避けなかった。

 だから直撃した。

 直撃した缶詰はカンカンガン! と襲撃者″の後方へ転がっていく。直撃した忍は、缶詰を回し蹴りでバットのようにフルスイングした右足を静かに下ろした。

「ヘイ、ヘボピッチャー! 次、腑抜けた球を投げたらピッチャー返しさせてもらいますよ?」

 彼がしたことはいたって簡単。
 時速60キロオーバーのアルミ製缶詰を革靴のカカトを使って打ち返した。それだけだ。

 言うだけならば簡単だが、実際それをやるがどれほど難しいだろうか。
 さきほど忍が技術うんぬん言っていたが、時速60キロを超えた球を足で打ち返すのにも技術がいるだろう。
 たとえ革靴を履いていたとしても厚い靴底以外に当たれば骨にヒビが入るほど危険であるのに、打ち返すくらいなら避ける事の方が簡単なのに、蹴り返すなんて意味がないにも程がある。

 意味があるとすればただ一つ、襲撃者に完全に立場がひっくりかえったと認識させるくらいだ。
 足で打ち返すという曲芸じみた余裕″を見せられて―――狩られるだけだと思っていたウサギがライオンのような牙をむき出しにして近づいて来られれば冷静でいられるわけがない。

 その点、元″襲撃者は冷静だった。
 缶詰が自分の脇を転がっていくのを見るや否や、十字路から逃げだし姿を消してしまっていたのだ。

 悠々と襲撃者がいた十字路に忍がたどり着いても、右も左にも人影はない。

「不意打ちが失敗しても焦らず攻撃し、形勢が不利になるとすぐに離脱。まあ、及第点ですね。
 ―――――――さて、どうしますか」

 自分を襲ってきた人間の手際を採点するという、絶対に被害者からは出てこない言葉をつぶやきながら忍は十字路の奥、ここからだと壁と判別がつかないシャッターを見る。

 あの罠で札槻少年と神薙嬢は落ちてしまった。救助しようにも落とし穴は閉じてしまい再び開くことはないだろう。
 見た限り落とし穴の底は広く通路がある――一階だった。一階下の一階に落とされてしまったのだろう。それならば自力で二階に戻ってくることも出来る。

 それよりも注目すべきはタイミング。
 罠が作動した直後に、襲撃者は攻撃してきたのだ。
 予想もしないギミックに同行者がひっかかって驚く、という隙を見逃さずに襲ってきた。これを偶然で片付けられるならば、風が吹くと桶屋がもうかるのも猫がにゃーと鳴くのも全てが偶然だ。
 タイミングが良すぎる。罠が存在するのを知ってないと出来ない奇襲だった。

 あんな忍でさえ見つけることが出来なかった罠、事前に罠の存在を知っていた襲撃者、当てたればタダでは済まない効果的で普通なら習得していない投擲(とうてき)技術、不利になったと気づけばすぐ逃走する手慣れた判断力。
 これらを三つ合わせると―――――――――

「……………《ゲームマスター》、ですかね」

 この《ゲーム》に介在して面白可笑しく進行するため、参加者として《ゲーム》に紛れ込んだ誘拐犯側の人間。

 攻撃されたのは首輪やPDAが狙いではなく、三人で行動されると今後の《展開》がつまらなくなると思われたのだろう。
 事前に罠の位置を知っていた《ゲームマスター》が三人を別れさせようと手を打った。
 その結果、見事二手に分けられてしまった。

「まあ、良しとしますか」

 誘拐した側の人間が《ゲーム》に参加していて、その思惑通りにはぐれさせられたというのに、忍の表情は相変わらず微笑みをたたえていた。

「これで僕の仕事もしやすくなりましたしね」

 黒いベストを着た青年は無意識のうちに懐からタバコを取り出そうとしているのに気付いて、笑った。
「僕の為にもがんばってくださいよ、札槻クン」







『ゲーム開始より06時間37分経過/残り時間66時間23分』

 第十五話 強襲落下―――――――――――――終了




第十六話 再度玄関





目次に戻る

HPに戻る

素材屋・