シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第十二話 殺害解禁





 こつこつと革靴を鳴らして暗い廊下を歩いていくが新しい風景に出会うことない。建物の中だから仕方がないのだが、これが出向先のビルなり何なりだったらこんな事は思うまい。

 けれどもかれこれ5時間はこの建物の中を歩き回って延々と同じ灰色の廊下と鉄製の扉だけの光景を見せ続けられている人間からしたら、飽き飽きを通り越して恐慌に近いものを感じてしまう。
 窓が一つもないから時間で外の景色が変わることもないため、より閉塞感が強い。

 正直な話、数分前の爆発による人死にを見て若村 光(ワカムラ ヒカル)は自分でも思ってみなかったほどショックを受けているのを感じる。

 警官なんてやくざな商売を30年も続けているのだから他殺・自殺問わず死体は何度も目にする機会はあったし、刃傷沙汰も何度に出くわすこともあった。
 だが、あんな数瞬で人が死体に変わる光景など現代日本人ならば事故以外でお目にかかれるものではない。

 その上、殺し合いの《ゲーム》に強制参加させられるだなんて荒唐無稽すぎていて現実味がない。人死にというこれ以上ない証拠を見せられても、心の奥底ではまだ夢を見ているような不安定な感じがしている。

 一人きりならば心身尽き果てて座り込んでいたかもしれない。だが行動を共にしている人間がいてそのうち一人が少年でもう一人は自分の娘より幼い少女なら、年長者としてしっかりしなければならない。

 だが、本当にしっかりする必要があるのだろうか先頭を歩く二人を見ていると光は疑問に思わずにいられない。

「それで朝凪さん。さっきから僕たちはどこへ向かって歩いているの?」

 上はワイシャツ下は黒い学生ズボンを着たどこにでもいそうな少年が緊張感がない、どこかのんびりとした口調で聞いた。
 答えるのは年下相手にも丁寧な口調な、少し長い髪を後ろでまとめた黒いベストを着る青年だ。

「とりあえずこの建物を上って行きましょう」

 二人とも特に朝凪青年は、同じように首輪をはめられて殺し合いの《ゲーム》に参加させられてついさっきその証拠を他人の死という形で突き付けられたというのに、平然とした表情だ。
 得体が知れない、というよりかなりのマイペースな雰囲気である。普通は不信をいだくのだろうがそれよりも、呆れの方が勝っている。

 人間というのは何か心中を隠そうとすると多弁になるか無口になるかの二択だが、彼は話しかけられればすらすらと答えるが自分からはあまり話さない、という会った時から変わらないマイペースである。こちらの同行を断らなかったのも、どっちでもいいというマイペースからかもしれない。

 札槻少年も年頃の少年にしては落ち着いている。最近の子にしては気骨があるのか、なんとここが初対面らしい少女、神薙嬢を背負っている。
 背負われた神薙嬢は眠ってこそいないもののぐったりしている。大の男である光がそうなのだ、少女が受けたショックは計り知れないだろう。

 彼自身もショックを受けているはずなのに、他人の少女を気遣い背負うのは、感嘆すべきものがある。守るべきものがあるからこそしっかりしようと気を入れているのかもしれない。どちらにしろ好ましい少年だ。

 そんな二人を見ていると光は歳がいもなく自分の未熟さで気落ちしてしまう。
 気落ちするよりももっと年長者としてしっかりせねば、と自身を叱咤して光は青年に話しかけた。

「どうして、二階に上がるんだい? 一階で他の参加者を探した方がよくないか」
「それもいいんですけど、《ルール》があるんですよね」

 朝凪青年が前を歩きながら《ルール》の内容を何も見ずにそらんじた。



《D 侵入禁止エリアが存在する。
 初期では屋外のみ。
 侵入禁止エリアへ侵入すると首輪が警告を発し、
 その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。
 また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、
 最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。》




「これによるとそのうち一階にいるだけで死んでしまうみたいです」
「じゃあ、早く二階に行かないと」
「2日目、つまり明日の深夜ですからまだ時間はあります。でも、これなら二階への階段の前で待っていれば参加者全員と出会えると思いませんか」
「た、確かに。だが《ルール》を知らない人間がいたらどうするんだい?」
「それもないと思いますけどね。エクストラ・ゲーム? さっきのカボチャ頭の言い分だと死んでしまった青年以外の他の参加者はまとまっているらしいですよ」

《エクストラゲーム》の《Rest of Pair》―――余り者。ペアになってない参加者。裏を返せば、他の人間はペアになっている――――少なくとも2人以上で集まっているということだ。

「手に入るルールは4つ。半々、ですけど、もともとPDAには地図が入ってますしとりあえずは上に向かおうとすると思いますよ」
「しかし……………」

 悪いと思いつつも光は朝凪青年の考えは不十分であると思わざるを得ない。

 もし、Dの建物を上らないと死ぬルールを知らず、機械にうとかったりそもそも地図の機能に気付かなければ死んでしまうのだ。さすがに神薙嬢より幼いとは思いたくないが、この事態にパニックになって頭が回らない者もいるかもしれない。怯えて部屋に引きこもってしまう者もいるかもしれない。
 その可能性は目をつぶるには大きすぎる。

「探し回って参加者を探した方がいいのではないか?」

 建前としてはこちらが無理矢理ついてきている形なので、光には朝凪少年の行動に口をはさむ権利はないのだが、青年は気にした風もなくされど足を止めることはない。

「でも、人数も位置もわからない人間を、このフロアだけでもかなり広くその上入り組んでいる中で探すのは至難ですよ」
「手分けすれば…………」
「それよりも階段前でしばらく待ちましょう。それでそれなりの人数が来なければ、探しに。気づく人間は階段の存在にすぐ気づくでしょうしね」
「そうだな、それがいいだろう…………」

 こちらの意をくんだ折衷案に満足とまではいかなくてもそれなりの納得をして光は同意する。
 二人の会話が終わるのを待っていたのか、少女を背負って少し息が荒い札槻少年が間に入ってきた。

「気になってたんだけど、二階への階段の位置ってどうやってわかったの?」
「ああ、簡単ですよ。PDAの地図に書いてあります」
「そうだったっけ?」

 見覚えがなかったのか札槻少年は首をひねる。PDAで地図を確認しようとしたが、少女を背負っているのでショルダーバックに伸ばす手は少女を支えていることを思い出して渋い顔をする。

「どーしよ」
「待て待て、私が見せる」

 少女を下ろさせるのも不憫だったので光はスーツの裏側から文庫本よりも大きいサイズのPDAを取り出した。

 銀色の、というよりアルミ色のボタンを押すと電源が入り無音に画面に光が点った。
 黒字の背景にライトグリーンという悪趣味な配色で浮かび上がったのはトランプの絵柄。  ダイヤの7。

 ボタンを押すことで不気味な絵画を消して《機能》の一覧から《地図》を選ぶ。
 映し出されたのはライトグリーンの線で四方八方自由自在にだけども直線のみで構成された、この建物の地図。

 歩く速さを合わせて札槻少年の隣に並んで画面を見やすそうに差し出す。

「ふむふむ、何もわからない」
「そうだな。現在位置もわからなくなりそうだ」

 地図は本当にそれだけで、ライトグリーンの線以外には見慣れた地図記号のようなものはなく何の描写もない。現在位置が表示されるなんて便利な機能もないため、自分たちがどこにいるのかも一際大きな部屋から歩いてきた道を、地図を指でたどって推測するしかない。

「その地図の外周部、とでもいいますか迷路のフチのところにいくつか出っ張りがありますよね」

 言われてみると一番外側のライトグリーンの線が凸のように所々、全部で6つなっている。その内5つに×印が同じくライトグリーンでつけられている。

「多分ですけど、それが階段ですよ」
「6つも階段あるの」
「そのうち5つは×があるので、使えないか、使わせてもらえない、かのどちらかですね」 「使わせてもらえない?」

 妙な言い草に光が聞くと大して面白そうでもなく朝凪青年は笑った。

「ペンキ塗りたて! というより国境警備みたいなことがあるかもしれません」
「国境を越えたら、ズドン……というよりドカンか」

 札槻少年の言い様は苦笑するような言い方だったが、それでも十分さきほどの惨劇を思いださせるには十分だった。
 もしかすると地雷みたいのがあるかもしれない―――――確かめてみる気もしない想像である。

 少し思い出しかけて顔がしかめっ面になる光を置いて、というより前を歩いているため見えないのだが、朝凪青年は説明する。

「他の、たとえばこの地図の行き止まり辺りに階段があるかもしれませんが、地図で確認できるのはここだけですので、ここが二階への階段ですね」
「行き止まりにも階段があるとしても、地図じゃわかんないね。よほど運がよくないと見つけられない。となれば普通はここから二階へあがろうとする、か」

 補足のような札槻少年のつぶやきでようやく得心がいく。
 地図でわからなければ延々とこのフロアをさまようことになり、それだけで階段が見つけられず一日が終わってしまう人間も出る。
 それよりは、こうして地図で確認できる場所に階段があるという推論の方が納得できる。

「………さっきからPDA見てないけど朝凪さん、階段への道わかるの?」
「ええ、先程さらりと頭の中に叩きこみましたから。比較的近いですよ」

 さらりととんでもないことを言うが朝凪青年の足取りは少しも迷っておらず、真新しい記憶で地図の線をなぞってみるとちゃんと×印がついていない階段を目指している。
 方向音痴の全く正反対らしい才能のようだ。地図を読むようなこの手の作業が苦手な光にとってはありがたいことである。

 それだけでなく目的地が近い事に心の中では安堵していた。
 警官とはいえもう48で、現場に出張ることなどここ数年ない。体が衰えないように運動は度々しているが、机に向かって書類仕事の日々では体はなまってしまう。
 間が悪い事に革靴はこの間おろしたばかりで、何時間も歩き続けていると足にきついものがあったのだ。

 光だけでなく少女といえども人間一人背負っている札槻少年も限界が近いのか柔らかく笑っている。

「二階に上ったら他の人を待つついでに休憩できるよね」
「さすがに女の子一人は重いか?」

 からかうつもりで光がにやりと聞くと、反応したのは朝凪少年ではなかった。

「わ、私、重い、ですか!?」

 ぐったりとした体を跳ねさせて神薙嬢があわてて体を離そうとする。背負われているのにそんなに動いたら当然バランスが崩れて朝凪少年は転びそうになる。

「ぅおうっ?」
「ひゃあ!?」

 なんとか神薙嬢が少年の首に腕を巻きつけ体を密着させてバランスを取り戻したことで、何とか体勢を取り戻す。

「だ、大丈夫」
「す、すみません! おぶって、もらって、るのに…………」
「いーよいーよ。でもくすぐったいから耳に息は吹きかけないでね」
「す、すいま、せん………」

 恐縮そうに体も丸くなって小さくなる姿に、失敗したと思いつつ光は謝った。

「す、すまない、冗談だよ」
「……………」
「あ、あはは…………」

 力なく笑うのは札槻少年と光だけで、神薙嬢は少年の首元に顔をうずめて返事すらしてくれない。
 白髪がところどころ混じり始めた髪をかいて苦笑いするしかなかった。

 実を言うと、光には娘がいたが十数年も前に離婚していてそれ以来、娘には会っていなかった。再婚もしていないため、少女に接する機会などなかった。
 その時、娘はまだ彼女よりも幼いころだったので、あいにくと少女に対する接し方というものを忘れてしまっていたのだ。

 苦い思いをしながらも、無性に別れた嫁と娘に会いたくなってしまう。殺し合いの《ゲーム》に巻き込まれて命の危機を感じ、最後に一目だけでも、みたいなものだろう。
 帰ることもあれば一目ぐらい見に行くのも悪くはない。

 そのためにも、生きて帰らなけらばならない。

 本音を言ってしまえば、まだ殺し合いを迫られているという緊迫感という物がなく心の方は理解していない。だがそれでも頭の方は無理にでも理解する必要がある。
 生きて帰るためにはPDAに書かれた条件を満たして、首輪を外さなければならない。

 手元に握りこまれたPDAの絵柄はダイヤの7だった。



《7:開始から6時間目以降にプレイヤー全員との遭遇。死亡している場合は免除。》



 他の物騒な条件とは違い、ただ全員と会うだけでいい。
 さきほどは他の参加者の安否から探すべきだと言ったが、首輪を外すためにも光は他の参加者と出会う必要がある。意識していなかったが、丁度いい。

 ふと、光は自分だけではなく他の人間の首輪を外すべきではないか、と思い至った。
 首輪をはめられたのは光だけではない。他の3人もそうなのだ。早いとここんな物騒な首輪は外してしまった方がいい。

 この三人の首輪が物騒な条件でないと外せないことなど考えもせずに光は解除条件を確認しようとした。

 しかし、直後に起きたことですっかり、忘れてしまう。



 ―――――――――――PiPiPi



 足音以外、空調の音すらしない静かな廊下に4つの音が鳴り響いた。
 音は光が握りしめたPDAから出ているようで、他の3人のPDAからも出ているのだろう。
 何事かと青年と少年が自分のPDAを確認しようとするが、その必要はなかった。
 4人に十分聞き取れる音量で光のPDAから電子音声が発せられたからだ。



『開始から6時間が経過しました。お待たせいたしました、全域での戦闘禁止の制限が解除されました!』



 ―――――――――――殺し合え、と誰かが笑った気がした。










『ゲーム開始より06時間00分経過/残り時間67時間00分』

 第十二話 殺害解禁―――――――――――――終了




第十三話 階段上昇





目次に戻る

HPに戻る

素材屋・