シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第八話 証拠投票





『やあ! 僕、ジャックオーランタンのスミス! よろしくね!』

 静寂を打ち破り突然PDAの画面の中に現れた、コンピューターグラフィックでつくられている、カボチャの頭をした子供。デフォルメ化された二頭身のアニメチックな姿で、カボチャを目と口の部分をくりぬいたハローウィンで見かけそうなアレである。

『あれれ〜、返事がないなぁ。もう一度、よろしくね!』

 PDAから流れてくるのは人の声ではない機械で作られたような甲高い声。子供の声に聞こえないことも………無理だ。

『もう、みんなノリ悪いなあ』

 声が何重にも聞こえる。どうやらカボチャ頭―――スミスは正志のPDAだけではなく全員のPDAに登場しているらしい。
 前振りも何にもなかったスミスの登場に、魂を抜かれたようにPDAを見つめる面々が気にくわなかったのか、スミスの目が吊り上がったグラフィックに変化した。

『一人くらい返事してよ〜。僕が馬鹿みたいじゃないか』

 液晶で動くキャラと軽快な音楽に、正志はPDAで携帯ゲームが始まったのかと思った。PDAの形状は第一印象からしてゲーム機に似ていたのでなおのことそう思ったのだ。
 だから他の人間と違って放心してはいなかったが、ボタンを押したりして変に操作してしまうのを恐れたのだ。

 よって、行動を起こせたのはただ一人だけだった。
 朝凪だ。

「で、スミスとやらは何しに出てきたんですか。お菓子あげますから帰ってください」

 近所のガキを追い払うように朝凪は得体のしれないゲームキャラに話しかける。
 驚く事に声が返ってきた。

『トリックオアトリートじゃないよー』

 まるで画面の中の存在のくせに意思を持っているかのように返事をしたのだ。スミスはコンピューターグラフィックで造られた両手を上げて怒る。
 その動きも滑らかなアニメーションだったこともあり、正志はこれはゲームではないかもしれない、と考えた。

「アテレコ?」

 正志の頭に浮かんだのは着ぐるみの動作に合わせて声をリアルタイムで吹きこんでいる教育番組だった。何者かがPDAを遠隔で操作し映像を流して声を入れているのだろう。
 PDA内のコンピュータが受け答えしているよりも現実的である。

 それはつまり――――――スミスを動かしている人間が誘拐犯である!

「お前が僕達をさらったのか?」
『君達をここに連れてきたのは僕じゃなくて僕の友達だよー』

 スミスのふざけた言葉に正志は眉をしかめたが、その想いは細波が受け継いだ。

「へぇ、じゃーお前は何なんだよ」
『僕はこの《ゲーム》のマスコットキャラクターだよ』

 明るい口調でスミスは言った。
《ゲーム》
 殺し合いのゲーム。

『みんなこのゲームについて全然信じてくれてないよねー。僕らは嘘なんて言ってないのに!』

 みんな―――正志達だけではなく他の人間も合わせた十三人のことだろうか。
 そんな正志の疑問をスミスはプンプンと頭の周りに煙を出しアニメちっくに怒りながら答えてくれた。

『ちゃんとこの建物の中には十三人の参加者が集まってるし、この建物からも出られないし、《ゲーム》はもう始まってるんだよ!』
「始まってると言われても…………」

 怒るスミスにしても殺し合いの《ゲーム》からかけ離れたコミカルなもので、そんな姿で言われても今まで通りンなアホなとしか返せない。

 六人、もしかしたら他の七人を含めた十三人の白けたような反応にスミスはニヤリとしか言いようがない笑顔になった。

『だから証拠見せたいと思うんだー』
「証拠…………?」
『そうショーコ。みーんながこの《ゲーム》を信じたくなってしまうような証拠を見せてあげようと思うんだ!』

 わーい、と吹き出しが出そうなぐらいに両手を上げて喜びを表現するスミスに正志はぞっとして肌が粟立つのを感じた。
 人殺し《ゲーム》の証拠。
 これほど嫌な予感しかないものはないだろう。

 そんな様子が見えていないのか、見えていても無視しているのかスミスは楽しげにくるくるその場で回って言葉を続ける。

『でも、小さな親切大きなお世話って言うでしょ。だからみんなに選んでもらおうと思うんだ』

 回るのをやめてこちらを向いたスミスはどこからともなく二つの看板を取り出した。それぞれには《YES》と《NO》の文字が。

《証拠が欲しいというアグレッシブな人はYES、欲しくないというノリが悪い人ならNOを選んでね。じゃあ今から一分間投票タイムスタートッ!》
「一分間…………!」

 今後の行方を左右するような重要な事柄をたった一分で決めろだなんてあまりにも不条理である。これでは他の人と話し合う時間なんてない。いや、だからこその一分か。自分の意志だけで決めろと言っているのだ。

 正志がどうしようか考えている内に一番最初に選択をしたのは、やはりといっていいのか朝凪だった。

「僕はこのカボチャ頭が生理的に嫌いなので《NO》にします」
「そ、そんな理由でいいのかい?」

 あまりにも早い決断に若村が驚きながら聞くが、朝凪は動きが止まったスミスがいる画面をコツコツと叩きながらいたって平然としている。

「こういうのは直感でいいんですよ」

 朝凪は皆が見ている前で《NO》の看板を指で触れた。
 それに続いたのは正志。

「じゃあ僕も《NO》で」

 画面をタッチして正志も証拠はいらない派になった。

「マスコットキャラはガチャピン以外認めない。百歩譲って萌えキャラじゃないからアウト」
「そ、それは流石に酷くないかい?」

 正志の妙なこだわりに、若村が若干ひきつった顔をする。此処愛も気になったのか正志に聞いた。

「…………ムック、は?」
「あれはガチャピンの付属物だからセーフ」

 何の迷いもない正志の言葉がおかしかったのか此処愛はくすりと笑った。

「じゃあ、私、も…………こっち」

 そして白い小枝のような指で正志と同様に《NO》を選んだ。

「カボチャ、食べれない、から…………」
「み、身も蓋もないな」

 三人のあまりに早い決断に呆れたような半笑いをする若村だが、早いのは三人だけではなかった。

「俺は《YES》だな。どーせこれ以上に悪い状況にはならねーだろ」
「私もそうするわ」

 細波と留々菜の二人はPDAの画面の《YES》に触れて証拠が欲しい派に入った。
 二人はこの状況に進展があるなら願ってもいないと思っているのだろう。それが悪い方向だとしても、今の曖昧な状態よりかは良い、と。

 開始から数十秒で自分以外の人間全員が投票したことで一人だけまだ投票していない若村は首元のネクタイをゆるめながら苦笑いを浮かべた。

「歳のせいかな………君たち若い子のように即断即決が出来ないみたいだ」
「若さというより深く考えてないだけだけど」

 身も蓋もない正志の言いに苦笑いして若村もPDAを操作する。

「私も《NO》にしよう。誘拐犯の誘いに乗るのはどう考えても危険だ」

 これで証拠欲しい派が二人に欲しくない派が四人だ。十三人だから正志たち以外の七人のうち三人が欲しくない派に入れば過半数になる。順当にいけばスミスの思惑は外れるだろう。

 だからなのか、若村がPDAを指先で叩く数秒前に画面が変わってしまった。

『投票終了〜! 残念だったね若村のおじちゃん。あと一秒。一秒早かったら投票できたのに』

 あまりなタイミングに本当に一分たったのかそれとも恣意的に数秒早めたのか、と考えたがそんな疑念はスミスの言葉で簡単に吹っ飛んだ。

『しょうがないから僕がおじちゃんの分を《YES》に入れちゃうね』
「な…………!?」
「えぇ!?」

 あまりにも作為的な票操作に若村と正志の空いた口がふさがらない。
 この投票はスミスから提示したのだからスミスは証拠とやらを見せたいに決まっている。あからさま過ぎて抗議しようと口を開くが、大音量のドラムロールでかき消された。

『投票結果は………………ジャカジャン! 賛成7、反対6! ギリギリだけど証拠が欲しいの決定ー! わーい!』

 両手を上げて喜びを表現するスミスの頭上にいつの間にか現れたくす玉が割れて《勝訴!》の垂れ幕が飛び出る。紙吹雪も舞って、ものすごい勝利ムードである。

「…………………」

 反対にものすごい険悪なムードの正志達。

 7対6。
 若村の投票が有効であらば全く正反対に立場が変わっていただろう。これでスミスの介入を疑わないというのは無理だ。

「ふざけやがって、手のひらの上かよ」

 自分の投票した方が叶ったというのに細波が悪態をつく。これでは最初から証拠を見せることは決定していて、投票なんてのは見栄えするだけのデモンストレーションとしか思えない。
 結果が決まっていた投票で悩む正志で遊んでいたとしか思えない。

『ふー、焦ったよ。もう少しでつまらない展開になるところだったね!』

 暖簾に腕押し、というより馬耳東風にスミスは悪びれもせずに機械音でしゃべる。

『っていうか、反対の理由が《生理的に嫌い》《萌えキャラじゃない》《カボチャ食べれない》《声が嫌い》《食べ物くれなかった》全部僕へのダメだしじゃないか! 今回の投票と関係ないよね!』

 どうやら直感で投票したのは正志だけではなかったようで、カボチャ頭は十字路のような怒りマークを浮かべて怒っている。
 だが、本来の役目を思い出したのか今まで振り回していた斧を放り投げて笑い顔に戻った。

『じゃあ証拠を見せるための遊びを始めようか。《エクストラゲーム》を!』








『ゲーム開始より05時間35分経過/残り時間67時間25分』

 第八話 証拠投票―――――――――――――終了




第九話 道化号砲






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