シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第七話 誘拐考察





《A:クイーンPDA所有者を殺せ》
 女王殺し。
《2:ジョーカーを探し出して壊せ》
 道化破壊。
《3:三人殺せ》
 三人殺し。
《4:首輪をもぎとってでも三つ集めろ》
 首輪拾い。
《5:指定された地点を巡れ》
 地点通過。
《6:ジョーカーが五回使用される》
 道化使用。
《7:全員と出会え》
 遭遇回収。
《8:PDAを五つ破壊しろ》
 五機破壊。
《9:自分以外の全員がどんな形であれ死ぬ》
 皆殺し。
《10:首輪が作動して五人が殺される》
 首輪発動。
《J:誰かと共に生き残れ》
 共存。
《Q:生き残れ》
 生存。
《K:PDAを五つ集めろ》
 五機蒐集。

   それが首輪をはずす―――《ゲーム》で勝ち残るための条件である。





 エントランスにいる六人は再び沈黙に包まれていた。
 少女の声で紡がれた最後の《ルール》が、あまりもな内容だったからだ。

 信じたわけではない。正志は《ゲーム》どころか誘拐についても疑問を感じていた。だが、それでも背筋が寒くなった。
《ルール》のディティールがあまりにも凝りすぎていて狂気を感じたのだ。
 精密で妖艶な日本人形のような。巧緻で迫真な肖像画のような。
 もしかしたら動くかもしれない、という頭では有り得ないと冷静に判断していても心の奥では否定しきれないように、有り得なくてももしかしたらという狂気を感じる。

 今まで正志は、自分はそういうホラーに疎い、有り体に言えば現実的な人間だと思っていた。
 人は死んでも幽霊にならなければ、墓の下から蘇らなない。
 それでも、人間の想像力は恐怖を呼ぶ。考えてしまう。
 もしも《ゲーム》が本当ならどれだけ悲惨な事になるだろうか、と。
 誘拐した人間は自分達に本気で殺し合いをさせる気なのか、と。

「…………」

 此処愛以外の誰も知らなかった《ルール》―――他の人間の首輪解除条件に思わず黙りこくる六人の中で最初に口を開いたのは最年長の若村だった。

「と、とりあえず首輪を外してみないかい」
「首輪を、ですか」

 応えたのは相も変わらず何を考えているのかわからない笑顔の朝凪である。

「もし、このPDAに書かれている通りに外せるならそれに越したことはない」
「そうですね。《ゲーム》うんぬんはともかく外せるなら外してしまいましょう」
「この首輪はさすがにダゼーよな。俺も早く外してー」

 細波も首輪を触りながら話に参加する。 

「でも、誰のを外すの?」

 その何気ない正志の一言でぴたりと朝凪と細波の動きが止まった。正志の言葉の意図が掴めなかった若村が聞き返す。

「? 条件通りに外せば…………」
「外すのはいいけど、今この場で外せる首輪の条件なんてないと思うけど」
「あ…………」

 若村が盲点を突かれたように声を漏らした。
 首輪を外すことばかりに目が行って、条件のことまで気が回らなかったのだろう。
 首輪の条件はどれをとっても手間がかかり、この場で解除できそうな物はない。

「唯一、外せそうなのはPDAを集めるだけの【K】――キングだけど…………持ってる人〜」

 ひらひらと正志が手をあげてみるが、誰も手をあげない。
 この時点ですぐに外すのは実質不可能である。

「なら私の首輪をはずそう」

 PDAを操作して若村が画面を見せる。黒い液晶にライトグリーンで描かれているのはトランプの絵柄―――幾つもの菱形と数字。


 ダイヤの【7】。解除条件は遭遇回収。


「私のなら簡単だろう。あと7人に会うだけなのだからな」

 この建物にいる人間全員に会うだけという、他の条件に比べると比較的簡単な解除条件。様子見として外してみる首輪としては一番適当だろう。
 そう正志が考えたように男二人も判断したのか同意する。

「そうですね、外してみるのはいいかもしれません」
「俺もそー思うぜ。誰かの外すのを見てからじゃねえと、こんなのおっかなくて外せねー」

 同意というか計算高い細波が不穏当な事を言っているが正志の関心は袖をひいてくる隣の少女にあった。

「どったの?」
「えと、あ、あのね」

 何故か少し頬を染めて、此処愛は場にそぐわない表情をしている。正志からしたら二回り歳下で、まだ義務教育中だろう彼女はまだこの状況を理解できていないのかもしれない。
 不安がらせないように正志は声のトーンに気を配りながら聞き返した。

「どうしたの?」
「こ、これ」

 見せられたのは片手では持つことができず両手で持っている此処愛のPDA。
 黒い液晶にはライトグリーンで不気味に浮かび上がっている男がいた。鏡映しとでも言うのだろうか、上半身のみの男が湖面に映るように二人。有り体に言うならばトランプのジャックだ。


 スペードの【J】――ジャックだ。
 解除条件は―――――共存。


「あ、あの、だから、その…………」

 だからだろう、彼女は心配そうに、座っているとはいえ目線が高い正志を見上げていた。

「…………一緒にいて、くれますか?」

 彼女の条件は誰かと一緒にいること。例えそれが変な機械に書かれたたわごとでも、それをしないと勝手に嵌められた首輪が外せないと言われてしまえば、内気な彼女は心配になってしまうだろう。

 正志はそう考えて気軽に笑った。

「いいよ。せっかくだし最後まで一緒にいようか」
「は、はい…………!」

 彼女にしては、正志としては普通の、声量で嬉しそうにはにかんだ。

 しかし、一緒にいるなら自分のような男ではなく女の人の方がいいのではないだろうか? と考えた正志はもう一人の女性である留々菜に視線をやる。

「おおぅ……………」

 そして思わず声を漏らしてしまった。
 今の留々菜は顔に影が落ちているかのように深く沈んでいた。
 こんな状態じゃ話しかけられないな、と此処愛が自分に頼んだ理由を勝手に納得する。

 どうにかするために話しかけようと正志は口を開こうとしたが、それよりも一歩先に留々菜が口を開いた。

「………………ねえ、本当にこれは誘拐なの?」

 今さら何を、とこの状況をなんとか受け入れようとしている男性陣は思ったが、それを言えない程には彼らもこの状況を飲み込めていなかった。
 もしこれが誘拐なら犯罪に巻き込まれたことになり、そうなると自然に《ゲーム》である可能性も高くなる。どう転んでも暗い未来しか待ち受けていない。

 改めて現実を突き付けられ、返す言葉もない面々で唯一、口を開いたのはやはり朝凪だった。

「その話は先程したんですが…………」

 まるで空気が重くなったから、程度の理由で口を開いたように気軽な口調である。空気が読めてないというか、あえて読んでないというか、なんとも胡散臭い雰囲気だ、と正志は自分のことを棚上げして勝手な評価をした。

「今度は別角度から見てみましょうか。みなさんここに来る前はどこにいました? ちなみに僕は京都の五目通りです」

 またもや意図が読めない質問だったが、朝凪の目線に促されて次々と口を開いていく。

「俺はブクロの裏通り。人目がなくてかなりさらいやすかったんじゃね」
「私は大阪だ…………府警から自宅に歩いて帰る途中だったな」
「僕、栃木」
「えと、群馬です。えと、その、公園、です」
「…………私は新宿のオフィス前よ」

 あまりにもバラバラだった。
 朝凪はその回答に満足がいったのか目を細める。

「この時点で僕達に接点はほぼ皆無ですよね。そこの仲良さそうな少年少女も知り合いではなかったのでしょう?」
「え、ああ、うん」

 急に話を振られてどもりながらも正志は答えた。

「関東四人に近畿二人。その中でもさらに別々の地域だからな」

 合いの手を入れるのは若村。他の人間は聞き入っている。

「この時点で普通じゃないでしょう? 別々の地域の人間をさらってその日のうちに同じ所に移動するなんて、よほどの大人数でないと無理です」
「遠距離にいた私達を車で拾い集める、という訳にもいかないだろうしな」
「誘拐はまあ間違いないとして、この時点で怨恨目的はほぼないです。さすがに僕らを一点で結ぶ共通点なんてないでしょう?」
「拉致をする目的は人質か怨恨か異常性癖の三択と相場が決まっている。ならば……」
「人質も、まあこの面々から見るに有り得ないでしょう。それにしては変な面子ですしね」
「少なくとも警官をわざわざ拐したりはしないだろうな」
「ということは異常性癖――――も年配の男性がいる時点で有り得ないでしょう」
「……………………つまり、どーゆうことだよ」

 拉致の相場に上げられた候補が全て否定されて、長い説明に飽いた細波が口を出すが朝凪はそれを予想していたかのようにすぐ切り返す。

「それがわからないから、僕たちはこうしているんですよ。僕達を誘拐することに意味があったのか、これから何かが起きるのか、僕達に何かをさせたいのか――――わからないから」
「…………………………」

 あまりにもっともな物言いに黙る細波。

「何が言いたいかというと、とりあえず誘拐は確定だとしても、まだ何もわからないのですから、そう悲観する必要もないですよ、ということをですね――――――――」

 朝凪がまだ何かをしゃべっているが正志の耳には入って来なかった。
 先程の朝凪の話を聞いてふと正志はこう思ったのだ。

 僕たちに何をさせたいのか―――――――――――――――――
 ――――――――――――《ゲーム》をさせたいのではないか?

 そのためだけに十三人もの人間を誘拐したのではないのか?

 そんな妄想じみた考えを、頭を振ることで振り払う。此処愛が不思議そうな視線を向けてきたが、正志は何でもないと笑った。

 逆に表情が抜け落ちたかのような留々菜はぽつりと漏らした。

「じゃあ、本当に…………誘拐で――――――《ゲーム》じゃあないのよね?」
「……………………」

《ゲーム》
 首輪を解除するために与えられた条件を満たすゲーム。
 命を賭けてPDAを奪い合い殺し合うゲーム。

 いきなり見知らぬ建物内に幽閉された事実。
 入口がコンクリートで分厚く塗りかためられて外に出られない状況。
 これが狂言ではないという可能性。
 有り得ないと思っていても、完全に否定することはできなかった。

 誰もが口を閉じ、あの口数が多い朝凪ですら黙りこくっていた時、音が響いた。 



 ――――――PiPiPi



 その音は六つ。それぞれの手元から聞こえた。
 ――――――PDAだ。
 その音に視線を落とすと、手の中のPDAの液晶にコミカルな音楽と共にそれは現れた。

『やあ! 僕、ジャックオーランタンのスミス!』

 それは《シークレットゲーム》の案内人だった。








『ゲーム開始より05時間31分経過/残り時間67時間29分』

 第七話 誘拐考察―――――――――――――終了




第八話 証拠投票






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