シークレットゲームBlackJack/Separater |
正志がたどり着いたそこは広い空間だった。 地図ではエントランスだと思っていたそこは、華やかな花瓶どころか受付自体が存在しない、ただ通路を広くしただけのようなコンクリート一色の場だった。 蛍光灯が明るくもなく暗くもない絶妙な薄暗さもあり、エントランスは妙に寒々しい空間だった。 意外だったのは、そこに人の姿があった事だ。 三人の男性がそこにはいた。 「俺は細波 六郎(サザナミ ロクロウ)。職業? …………フリーター」 染めた金髪に睨んでいるかのような悪い目つき、胸襟が大きく開いたシャツとそこに輝く銀ネックレスからして夜の街で遊びあるいていそうなチンピラな風体である。 「僕は朝凪 忍(アサナギ シノブ)です。普段は執事、というか秘書みたいな仕事をやっている23歳です」 少し長い髪は後ろでまとめられている、割と整った顔の優男で背の割には細身かもしれない。そこがまた、芸術家っぽい浮世離れした雰囲気がある。 白ワイシャツ黒いベスト、黒いズボンという出で立ちは場末のバーにでもいればさぞかし様になるであろう。 「若村 光(ワカムラ ヒカル)だ」 白髪がほんの少し混じり始めた頭髪に、高級そうなスーツでネクタイをきちっと締めて着こなす様は、会社ではそれなりの地位についていそうな印象である。 車座になって床に座り自己紹介をしている六人。 この建物に集められ黒い首輪をはめている六人。 六人目最後の名乗りをあげた若村が懐から取り出したのは黒革の手帳だった。 「職業は――――警察官だ」 「サツだったのかよ、おっさん!?」 細波が驚きの声をあげる。朝凪は少しばかり眉を動かし、正志もぴくりと体をすくめる。若い男は総じて警察が苦手なのである。 それと対照的に表情が明るくなったのは女性の二人。 「お、おまわり、さんですかっ?」 「警察の方? それじゃあもう大丈夫なのね。私達の身に起きていることについて説明してもらえます?」 しかし、若村はすまなさそうに首を振る。 「…………すまないが、私も君たちと状況は何ら変わらない。ここに訳も分からずここに連れてこられたんだ」 「そうですか…………」 「つまり、おっさんは警察手帳を持っている以外は俺らと何にも変わらねえんだな?」 「すまない」 若村は苦々しく頭を下げた。正義を掲げる警察官が目前の誘拐という犯罪に手も足も出ないというのは悔しいだろうことは想像に難くない。 「まあ、警官といえども人間ですからね。今回の誘拐騒ぎの犯人を捕まえることはできても、封鎖された建物から脱出ができないのは当然ですよ」 朝凪がフォローなのかよくわからないことを言う。 ここで手に入れた最有力な情報。入口がコンクリートで分厚く塗りかためられて外に出られない、という己の境遇を見せつけられ、これが狂言でなく誘拐だという圧倒的証拠。 朝凪の言葉が決定打となって女性陣と若村がより沈んでしまった。 「ココちゃん大丈夫?」 「え、えと、はい………だいじょうぶ、です」 此処愛も正志が聞いても、上の空のような返事しか返って来ない。此処愛は少しばかり落ち着きをなくしてしまっていた。 幼い彼女にとって警察という絶対だと信じていた存在が役立たず扱いされているのがショックだったのだろう。 正志は座っても繋いだままの此処愛の手を、凝った筋肉をほぐすようにもんだ。心細い時は手を握られると安心できるので、少しでも元気になればいいと思ったのだ。 「大丈夫?」 「だいじょうぶ、です。えと、ほんとに」 此処愛はそれで何とか取り直したが、留々菜と若村は落ちこんだままで場が重い沈黙で満たされる。 だが、空気が読めないかのように気楽な声を出す者がいた。 「空気が重くなってしまいましたね。一度、話題転換しましょうか」 朝凪である。 「もともと僕達が集まったのは情報を求めるためでしたので、どうしようもない――この建物からの脱出はいったん忘れて、状況を整理しましょう」 彼はこの深刻な状況を一番理解しているだろうに、少しも気にしてなさそうな自然体で切り出した。 「《ルール》の確認でも、しましょうか。まあ、本当かは疑わしい内容ばっかでしたけど、これで誘拐半が私達に何をさせたいのかわかるかもしれません」 「そーだよ、その為に俺ら待ってたんじゃねえか!」 「…………そうだな、《戦闘禁止》や《立ち入り禁止》のような罰則項目が本当かはともかく、早めに把握しておくのは悪くないな」 朝凪の言葉に細波が乗っかり、落ちこみから復帰した若村も賛同する。 《ルール》 PDAに書かれていた何か≠フルール。 それは5、6人分のPDAで全部のルールが判明するらしく現在の人数も6人。丁度いい。 PDAは犯人の忘れものでなく、誘拐してきた人間に与えた物。ならば、そこから犯人が私達を誘拐した意図が探れるのではないか? 朝凪は自分の思惑通りに話が進んだことで見る人を安堵させるような微笑を浮かべながら、反応がない正志達へも意見を聞く。 「そちらのお三方に異論は?」 「僕はいいですよ。ルールに興味がありますし」 「えと、わ、私も、賛成、です」 「私も同意見よ」 いつの間にか場の進行を仕切ることになっている朝凪だが、秘書(執事?)とも言っていたのでこういう場をまとめるのは得意なのかもしれない。 そんな正志の完全他人事な視線を受けてではないだろうが、全員がPDAをバッグやふところから取り出すのを見て口を開きだした。 「なら言いだしっぺとして僕から。ルール@とAは共通しているのでさらっといきます」 《@ 参加者には特別製の首輪が付けられている。 それぞれのPDAに書かれた条件を満たした状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外すことができる。 条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し、 15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。 一度作動した首輪を止める方法は存在しない。》 《A 参加者には1〜9のルールが4つずつ教えられる。 与えられる情報はルール1と2と、残りの3〜9から2つずつ。 およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。》 「………と、こんなところです。皆さんのPDAと書かれてるのと同じでしょうね」 意外と高めで聞き取りやすい朝凪の声の内容は、正志の手元の―――此処愛のPDAの液晶に映されたライトグリーン色の文章と違いはなかった。 「ごめんね………お兄さん、機械苦手で」 「へ、へいき、ですよ」 正志は此処愛と手をつないでいるため、ただでさえ苦手な機械をいじるのを諦め、片手操作が出来る此処愛の画面をのぞいているのだ。 「…………一字一句、違わないな」 「俺のとかわんねーな」 「………そうみたいね」 やはり全員同じ内容のようだ。 同じ《ゲーム》への案内書だった。 やはり全員に等しく重い、恐怖に似た何かを押し付ける。 正志も胃を締め付けるような重圧を感じた。 携帯ゲームの取扱説明書かと思った初めて見た時とは状況が全然違う。 自分以外に集められた人々。 外へ出られない密室的建物。 作動したら装着してる人を殺す黒い首輪。 判断材料が集まってきて現実味を帯びて来た死のゲーム。 本当に誘拐犯は自分達に殺し合いのゲームをさせる気なのか? 水を吸うスポンジのように足元から徐々に徐々に得体のしれない物がせり上がってくる感覚を正志以外の全員も感じているだろう。 いや、例外がいた。 「@はゲームの大まかな情報で、Aはルール自体の情報、ってところですね。つまりこの首輪をハズすのがこのゲームのクリア条件、と」 またもや朝凪である。 時事問題をわかりやすく子供に教える教育番組のお兄さんよろしく、今となっては胡散臭いとしか思えない笑顔でPDAを読み上げる。 「次のルールBも僕のPDAにあるので読みあげますね」 《B PDAは全部で13台存在する。 13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれておりゲーム開始時に参加者に1台ずつ配られている。 この時のPDAに書かれているものがルール1で言う条件にあたる。 他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外すことは不可能で、 読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。 あくまで初期に配布されたもので実行されなければならない。》 「十三台ってことは十三人いるのかな?」 正志は自分のPDAにもあった同じ文章を思い出しながら疑問をそのまま口に出した。 正志が自分のPDAを持っているように各々PDAを持っているようだ。ということは一人一台なのだから、十三台あれば十三人いる計算になる。 「………なら、のこのこ拉致られてきた馬鹿はあと七人はいんのかよ」 「ルール通りならいるんだろうな。私達と同じような被害者が、な」 緊張感のない正志の声に気が緩んだのか細波と若村も苦笑する。 「これは解除条件についての補足ですね。じゃあ次の四番いきましょうか」 「私のが四番目だ」 朝凪に促されるように若村は自分のPDAに映る文章を読み上げる。 《C 最初に配られる通常の13のPDAに加えて1台ジョーカーが存在している。 これは通常のPDAとは別に、参加者のうち1名にランダムに配布される。 ジョーカーはいわゆるワイルドカードで、 トランプの機能を他の13種のカード全てとそっくりに偽装する機能を持っている。 制限時間などは無く、何度でも別のカードに変えることが可能だが、 一度使うと1時間絵柄を変えることができない。 さらにこのPDAでコネクトして判定をすり抜けることはできず、 また、解除条件にPDAの収集や破壊があった場合にもこのPDAでは条件を満たすことができない。》 「――――――と。少し長いが、聞き取れたか?」 「ちゃんと聞き取れた。でも意味わかんなかった」 「馬鹿じゃねーのお前。説明プリーズ」 「君もか……………」 「要約するとジョーカーなるPDAがあって、ジョーカーは他のPDAに外見だけ化けることができるみたいです」 男四人のコントのような一連に、温度差が激しい女性陣は冷ややかな目を向ける。 その視線から逃れるようにあらぬ方向を見る男性陣。 正志は苦笑いしてあらぬ方向を見ながら器用に首をかしげる。 「…………何のためにあるんだそんなモノ? 機能や解除条件は変わらないのに外見だけ変えても意味なくない? 人間、外見よりも大切なのは中身なのに」 「今、札槻君は良いこと言った」 「ああ、男は外見じゃないぜ」 「女性にはもっと男性の中身を尊重してほしいですね」 正志は賛同されて少し嬉しくなったが二度目の冷ややかな視線に首をすくませる。そんな男性陣である細波と若村が取り繕うように声を出す。 「あー、じゃあ次二つのルールは俺が読むぜ」 「じゃあその次の二つも続けて私が読もう」 《D 侵入禁止エリアが存在する。 初期では屋外のみ。 侵入禁止エリアへ侵入すると首輪が警告を発し、 その警告を無視すると首輪が作動し警備システムに殺される。 また、2日目になると侵入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、 最終的には館の全域が侵入禁止エリアとなる。》 《E 開始から3日間と1時間が過ぎた時点で生存している人間を全て勝利者とし 20億円の賞金を山分けする。》 《F 開始から6時間以内に人を殺すと、殺そうとした者の首輪が作動する。 過失や正当防衛は除外。》 《G 指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。》 「二十億!?」 正志はその想像もつかない金額に思わず腰を浮かしそうになった。 「二十億円って、いくらだ!? 円に換算するといくらだ?」 「およそ二十億円ですね」 動揺する正志に笑顔で答える朝凪。 だが、それで動揺よりも疑問が正志の頭の中に占めた。 「二十億って、大体どのくらいの金額なんだ?」 首をかしげる正志に男性陣の面々が答えていく。 「領収書をちまちまきる必要がなくなる金額」 「百人くらいの人生を破滅させられる額ですね」 「歌舞伎町の帝王になれる金」 「あなたたち…………」 そしてそんな面々を冷ややかな目で見る留々菜。すぐ傍の此処愛は理解すらできていないのか興味なさげにうつむいている。 留々菜は調子を取り戻したのか、落ちこんでいる場合じゃないと考えたのか口を開き続ける。 「そんなことより、問題なのは侵入禁止の方よ」 《侵入禁止》 屋外への進入を禁止する。つまり、この建物からは出られない。 「………あのコンクリートの壁がなくても外に出られないのよ? もしこれが本当なら私達は《ゲーム》に乗るしかなくなるわ。その意味がわかってるの、あなた達は」 まくしたてるように言う留々菜を朝凪がまあまあととりなす。 「まだこの《ゲーム》が本当だとは決まってませんし、全部が本当だとは限らないじゃないですか」 「………どういう意味?」 いぶかしげに留々菜が聞くがその気持ちは他の四名も同じだった。朝凪は説明好きなのか性分なのか嬉しそうに微笑みながら答える。 「この場合ルールの全部が真実である必要はないんですよ。簡単に言なれば、罰則事項は全部本当でも、報酬事項が本当だとは限りません。 例えば九つの大福の内の不明数の中に致死性の毒が入っているとします。見分けはつきません。さて、この大福を食べる人がいるでしょうか」 正志は九つの大福を想像した。 一個食べてみた。平気だった。意外と美味だった。もう一個食べた。そして死んだ。 「…………甘い物は食べだすと止まらないね」 「?」 正志の脈絡のない言葉に此処愛はPDAから目を離してちらりとだけ見た。 若村は意味が理解できたのか、しきりにうなずいている。 「確かに、書かれている罰則が嘘だとしても確かめるすべはないからな。まさか死ぬと書かれているのに食べてみるわけにもいかない」 正志と細波もなんとなくわかったのか話に乗る。 「つまり《侵入禁止》は僕達を外に出さないための脅しで、お金の方は《ゲーム》だとしても出ないってこと?」 「賞金なんて本当にくれるわけねーだろ。二十億じゃなくて百万ならすぐに乗ったけどな」 「極論、誘拐した人間が誘拐した人間へ利になるような事をするわけがないのですから。多分僕達が戸惑う様を誘拐犯はみたいのではないでしょうか。 なら今の状況だけで誘拐は確実だとしても大福に毒が入っていると判断するには早計だと思います。現時点では」 「…………そうね」 朝凪の話に留々菜はたかぶっていた気持ちが落ち着いたのか床に視線を落とした。温度差、とでも言うのだろうか、何とも言えない空気が広がる。 その原因は男性陣―――というより若村と朝凪だ。 証拠も何もない正志の予想だが、男三人、若村と朝凪と細波はこの《ゲーム》がそこまで非現実なことではないと考えているようである。 こちらも想像だが、警官である若村がまだ確定的でもないのにそんなことを言って正志・此処愛・留々菜という女子供を混乱させる必要はないと判断したのではないだろうか。警官、正しい大人の対応である。 普段の正志ならここで抜けた事を言って場を和ませるなりさらに盛り下げるなりして空気を変えるのだが、別のことを考えていてそこまで気が回らなかった。 別の事とは朝凪の最後の言葉である。 『現時点では』 そう、現時点ではこんな《ルール》を気にする必要はない。誘拐犯のたわごとだと思っていればいい。 現時点―――そう、誰も死んでない現状では。《ルール》が本当だと確信できてない今は。 《ルール》を破って誰かが死ぬまでは。 もしかしたら大福に毒が入っているとわかっていても、それでもどの大福を食べるかを選択するのを迫られるまでは。 予想というにはあまりにもおぞましい妄想を打ち消しながら正志は本題であるルールの把握をうながす。 「………五から八までのルールは《ゲーム》を彩るためのサイドルールとして、最後のルールはなに?」 朝凪はPDAをかつかつと指で叩いて両手をあげる。 「最後のルールは僕のPDAには書かれてませんね」 「俺のにもねーぞ」 「私もよ」 細波と留々菜も同じようで自分のPDAのボタンをいじって首を振る。 「……………なら、最後のルール持ってる人間はいないのか」 若村の言葉に合わせて全員が顔を見合わせる。 ここまで来て全員のPDAに最後のルールがないという、完全なる焦らしプレイ(違)が展開された! と正志は驚いた。 確率的には一人に全部で七つの内二つルールが与えられここには六人いるから…………。 などと出来もしない計算に頭を悩ませていたから正志は気付けなかった。 全員ではなかったのだ。 此処愛。彼女だけが、他の五人と違う表情をしているという事に。 「―――――私の、PDAに、最後の、ルール、あります」 最後の、そして最悪のルールが彼女の声で読み上げられた。 《H カードの種類は以下の13通り。 A:クイーンのPDAの所有者を〈殺害〉する。手段は問わない。 2:JOKERのPDAの〈破壊〉。 またPDAの特殊効果で半径で1メートル以内ではJOKERの偽装機能は無効化されて初期化される。 3:3名以上の〈殺害〉。首輪の発動は含まない。 4:他のプレイヤーの首輪を3つ〈取得〉する。手段を問わない。 首を切り取っても良いし、解除の条件を満たして外すのを待っても良い。 5:館全域にある24個のチェックポイントを全て〈通過〉する。 なお、このPDAにだけ地図に回るべき24のポイントが全て記載されている。 6:JOKERの機能が5回以上〈使用〉されている。自分でやる必要は無い。近くで行われる必要も無い。 7:開始から6時間目以降にプレイヤー全員との〈遭遇〉。死亡している場合は免除。 8:自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台〈破壊〉する。手段は問わない。 6つ以上破壊した場合には首輪が作動して死ぬ。 9:自分以外の全プレイヤーの〈死亡〉。手段は問わない。 10:5個の首輪が〈作動〉していて、5個目の作動が2日と23時間の時点よりも前で起こっていること。 J:「ゲーム」の開始から24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間時点で〈生存〉している。 Q:2日と23時間の〈生存〉。 K:PDAを5台以上〈収集〉する。手段は問わない。》 『ゲーム開始より05時間26分経過/残り時間67時間34分』 第六話 規則条件―――――――――――――終了 第七話 誘拐考察 あとがき 第六話はルールを一気に出してしまい、かなり量が多いです。 わかりづらい所があったり、つじつまが合ってない場所があったら報告ください。 あれば改稿してみたいと思います(10/05/29) 目次に戻る HPに戻る 素材屋・ |