シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第五話 玄関待機





 ホテルのエントランスのような、企業ビルのフロントのようなただっ広い空間に二人の青年がいた。

「……………で、俺達はいつまでここにいればいいんだ。何回目だよ同じこと言うの」
「その台詞は7回目ですね。だから自分も7回目の返事をしましょう。『ここにいれば他の人間が来る可能性が高い。だから他の人間を待ちましょう』、と」
「他の人間なんて来ないじゃねーか。これも7回目か?」
「それは10回目です。だから自分も10回目の返事をしましょう。『ここが現時点で一番合流できる確率が高いです』、と」

 一時間待つのに誰も来ねえじゃねえかよ、と細波 六郎(サザナミ ロクロウ)は地べたに座り、通路と同じくやっぱりコンクリむき出しの壁に寄り掛かっている少し年上の青年へ心の中で毒づいた。

 六郎は目覚めた客室の扉を蹴倒してから今までに、二人の人間と出会った。  その二人とちょっとしたいざこざがあったものの当面の間は行動を共にすることになり、ここで他の人間をここで待つというのも青年の発案である。

 六郎が出会った人間は二人。目の前の青年と、もう一人は高そうなスーツ姿のおっさんだったが、今はエントランスにはいない。  ここを基点に少しこの辺りを巡回して人がいたら連れて来る、ということでおっさんだけ別行動である。
 その考えを聞いた時はなるほどいい考えだと六郎は思ったが、こうして一時間なんの変化もないとさすがに待つのに飽きて来る。

「このままだと、誰も来ないで《戦闘禁止時間》終わるんじゃねえか?」

《戦闘禁止時間》
 ルールFに書かれていた『開始から6時間以内に人を殺すと、殺そうとした者の首輪が作動する。』という安全時間内のことである。

「だからこそですよ。戦闘禁止時間内ならこうしてお互い話すこともできます。ですが戦闘禁止時間が切れれば、今後話し合うことなんて不可能でしょう」

 時間潰しに六郎が青年に話しかけても、こうやって適当にあしらわれるだけである。
 年齢も大差なく丁寧だというのにどこか子供扱いされている感がありストレスがたまるが、さすがにあからさまではなく気がする程度なのでキレるわけにはいかない。

「まあ、このPDAに書かれている《ルール》が真実ならば、の話ですが」

 青年はそう言ってさきほどからいじっているPDAをコツコツと指で叩いた。
 それがひとえに六郎がここにいる理由である。

 PDAの中に入っていた《ルール》。



『《ルール》
A参加者には1〜9のルールが4つずつ教えられる。
与えられる情報はルール1と2と、残りの3〜9から2つずつ。およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。』




 およそ、5、6人で判明するというこの殺人ゲームのルールが明かされるまではうかつに動けない。

 それは教えてもらったルールFという、青年とおっさんに出会った時に誘拐犯と間違えて襲いかかり危うく踏む所だった事実が六郎に慎重な行動を強いているのだ。

 六郎は信じていなかった。
 教えてもらった話だがルールFから読み取れるように、殺し合いをさせるために集められたなんて信じられるわけがない。
 自分達が20億の莫大な大金と命を賭けた殺し合いゲームに強制参加されたなどと思っていない。
 それは有り得ないという常識的な判断からではない。ただ単に、そんな話聞いたことがないというだけの計算された考えである。

 六郎は育ちがいい。だがガタイの良さと喧嘩が強かったことからチンピラどもの頭として担ぎあげられたりもした。
 そうなると街の元締めをする人間として色々なもめ事に巻き込まれたりした。喧嘩や窃盗なんて序の口、事故に恐喝や殺人といった物騒な事にまで関与することもあった。
 それらの騒動は六郎が中心となってその場しのぎだろうが場を収めてきた。

 短気で粗暴で一見、考えなしだが、育ちがよく幼いころから教育を受けていたために六郎は頭の回転が速く、大抵の事柄はどうとでもできた。
 通常の日本人ならばめったに遭遇しないであろう出来事が連発する日常に漬かってきたせいで、六郎にはその手の『自分だけは事故にあわない』『自分だけは大丈夫』的な根拠のない盲信をすることがないのだ。

 六郎の友の中にはうわさ好きの奴もいてネットを使ってはあやしげな動画や真偽が疑わしい噂話を拾ってきては楽しげに話していた。それは度を超えてハッキングまがいなこともしているらしい。
 そんな彼が好きそうな『殺人ゲーム』の噂なんて欠片も聞いたことがない。

 故にこの状況を有り得ないとただ否定するのではなく、状況を熟考した上で妄言だと切り捨てたのだ。
 しかし、そうとはいえ簡単に割り切れるものではない。
 踏むと殺すと明記された地雷を危機一髪に踏みかけて、それが偽物であるか確かめるためにもう一度踏もうとする程の勇気はさすがに六郎にもない。

 さらに20億、という大金はそんな妄言を信じたくなるような魔力を放っていた。もちろん本当に殺人ゲームだったとしても馬鹿正直にもらえるとは思えない。
 だが、もしも――――――という考えを捨てきれない。

 そこまで考えて六郎の考えは止められた。
 足音が聞こえたからだ。
 音が聞こえたのはエントランスに繋がる三つの入り口の一つからであった。

「やあ、二人とも。誰か来たかい?」

 六郎の思考を一時停止させたのは通路から入ってきたオールバックの中年男性。背広を着こなし重役を思わせる雰囲気を持っている。だが柔和な笑みからは気のいいおっさんにしか見えない。

「若村さん…………誰も来てませんよ」

 青年がPDAから顔をあげておっさん―――若村に応えた。

「若村さんの方もその様子だと駄目だったみたいですね」
「ああ、探し回ってみたんだがこちらが迷わないようにすることも難しい有様だったよ。君の言う通りPDAの地図を確認しながら歩いて正解だった」

 若村は青年と同じように壁に背を預けてたたずむ。

「声を張り上げたりもしてみたが、反応はなかったよ。まさか僕ら以外誰もいないんじゃ……」
「そんなことはないですよ。ルールが五、六人で集まるって書かれてるんですから最低でもあと二人はいるはずですよ」
「しかし、ここに書かれているのが正しいとも限らないだろう」
「それはそれで万々歳です。『殺人ゲーム』の否定材料になりますからね。ここが現地点では一番他の人間と出会いやすいんですよ。《地図》を見てこの広い空間がエントランスだと気づいた人間は必ずここに来るはずです。この建物から出ようとするために。現に僕と若村さんもそうでした」

 六郎は二人の話に加わらず、ただ聞いていた。
 自分で考えるのはいいのだが、他人と話し合って物事をまとめたりするのが大の苦手なのだ。これはもう一匹オオカミの性分としか言いようがない。

「ここにきても、無駄足になるんだがな…………」

 若村が声のトーンを落としながら通路と反対側にあるエントランスの奥に視線をやる。
 ホテルのエントランスならば絢爛な回転扉や自動ドアがあるそこは、無骨なシャッターで固く閉ざされていた。

「シャッターぐらいならまだいいが、あそこまでやるのか…………」

 それには六郎も同感だった。
 シャッターだけならまだいい。だが、その奥。あれは異常だ。

 鉄色なシャッターを調べると人が通れる程の大穴が空けられているのを見つかった。警戒しながらそれを通ると、眩しい陽ざし――――とはかけ離れた灰色の世界が現れた。
 灰色のコンクリート壁が立ちはだかっていたのだ。
 他の壁と違い、言うなれば入り口を埋め立てた感がありありとする。壁というよりコンクリートの詰め合わせだった。

 壁を調べてさらに悪いことが見つかった時は、六郎を含めた三人とも言葉がなかった。
 穴。
 シャッターの奥にあったコンクリートの壁にも穴が開いていた。
 いや、くぼみと言うべきだろうか。くぼみはコンクリートの壁を貫通しておらず、人が入れそうな大きさで1メートル半くらい掘り進められて周囲には堀りカスだろうコンクリート片が積もっていた。

 1メートル半もの穴があいているのにコンクリートの洞窟はまだ先がある。この程度で出られるわけがないだろう、と言うようにうに、深く穿たれたまま放置されていた。
 少なくとも、あのコンクリートの壁を掘って外へ出ようなんていう気は根こそぎ奪われた。

 つまり、この窓がない建物からの脱出は不可能である。

「あの穴は誰が空けたんだ?」

 六郎が今さらの疑問に行きついて言葉にする。

「あの穴って誰かがここから出ようとして空けた穴だよな。じゃあ、堀ったヤツはどこにいるんだ? もう、諦めてどっか行っちまったのか」
「いえ、それはないでしょう」

 青年がPDAをいじりながら顔をあげずに答えた。

「あの穴の中にはホコリがかなり積もってました。一日二日じゃ積もらない量が」
「…………じゃあ、あれか、昨日今日連れてこられた俺らより前に別に連れてこられた人間がいるってことか?」
「そりゃそうでしょう。連れてきた人間なら他の出入り口を知っているでしょうから、あの穴から無理矢理出る必要はないです」
「つまり、私達が初めてではない――――ということ、か」

 今まで黙っていた若村が口を開いたが、六郎にはその意味がすぐにはわからなかった。飲み込んで理解すると、訳もなく笑いたくなった。

「はぁん、つまりこの《ゲーム》が記念すべき第十回目かもしれないってことか」

 今までの話を総合すると、どうしてもその結論に行きあたる。
 本当は映画の宣伝イベントかもしれない。
 例え《ゲーム》であっても適当に放置された変な建物を無断利用しているのかもしれない。
 もしかすると、犯人が来る前にも似たようなことがあって誰かが閉じ込めたのかもしれない。
 だが、《殺人ゲーム》なんて荒唐無稽なものが以前にも開催されていたという話のほうが真実味があると思ってしまうのだ。

 とはいえ、まだ様子見だ。この程度の情報では何をどうするにしても、まだ早い。こんな非現実的な状況でも真相が六郎でさえ考え付かない程くだらない理由で起きているかもしれないからだ。

「本当に、そうなのだろうか…………」

 若村のおっさんは壁にもたれながらつぶやいた。

「私にはまだ信じられんよ…………こんな話、ウワサですら聞いたことがないからな。それどころか誘拐だって本当のことかどうか」
「…………ふむ、そうですね」

 大体においては六郎と同じ意見の若村の意見を聞いて何を思ったのか、青年は指を立てて話しだした。

「若村さんって、お子さんいらっしゃいませんよね?」
「は?」

 全く関係ない話に不意を突かれた若村は音程がはずれた声を出してしまう。

「…………一緒には住んでないが、それがどうしたんだい?」
「それと奥さんもいらっしゃいませんよね」
「…………そうだが、何故それを」
「高そうなスーツを着ているのに無精ヒゲを生やしていたら誰だってそう思いますよ」
「む…………最近忙しかったからな」

 ヒゲが不格好に少し伸びている顎をさすりながら若村はうめいた。一向に進まない話にじれて六郎が口を出す。

「おい、ちゃんと関係ある話をしているんだろうな」
「ああ、ちゃんと関係ありますよ。嫁さんがいない、子供もいない。いわば独身中年男性」
「…………むぅ」
「対してこちらは素行も頭も悪そうなチンピラ」
「…………おい」
「こんな人間を選びますか?」

 抗議の声をものともせずに話をつづける青年の言葉の意図がわからず、二人は眉間にしわを寄せる。

「簡単に言い直しますと、この誘拐がドッキリだったとしてドッキリでしたー! と、言われてお二人は許せますか?」

 六郎は頭の中で想像した。
 薄暗い建物の中で閉じ込められて途方に暮れる六郎。現れる看板を持った人間。その看板には『ドッキリ大成功!』と書かれている。六郎は笑いながら人間に近寄り看板を奪って思いっきいり振りかぶってホームランを決めた。

「……………許せそうにねぇや」
「……………私もだ」

 若村も似たような結論に至ったのか同じような苦い声を出す。
 そんな二人を見て青年は我が意を得たりとばかりに笑う。

「そういうことです。これがもし映画の宣伝的催しだとしたら、冗談も通じなさそうなオッサンや言葉も通じなさそうなチンピラを選ぶはずがありません。  というか承諾もなく人を拉致する時点で犯罪です。訴えたら百%勝てますよ」

「そうだな。少なくとも連れ去る時にスタンガンを使っている時点で暴行罪が適応される。この時点で犯罪だ。まともな人間や組織がすることとは思えん」
「まあ、《ゲーム》が本当に行われる証拠にはなりませんけどね。ただの変態が人を集めてあたふたするのを楽しんでいるだけかもしれません」

 青年がとって付けるように言うが、六郎は心の奥は未だに《ゲーム》の疑念が渦巻いていた。

「しかし、世も末だな。男三人を誘拐だなんて何の得にもならないことをする輩がいるとは」

 小休止といった所だろうか、話題を変える若村。

「物騒になったものだ。関東でもあっただろうたしか」
「誘拐事件なんてありましたっけ?」
「あー、最近テレビでそればっかやってやがる殺人事件のことか」
「それだ」
「殺されたのが全員未成年の少女だってワイドショーで言ってたぜ」
「…………ほんと物騒な世の中だな」
「京都の方でもありましたよ物騒な事件。連続放火事件で何人も死んだとか」
「地元の大阪でも死体遺棄事件があって騒がれて忙しい…………全く、こんな異常な事件ばかりが起きてるなら私達が誘拐されてるのも不思議じゃなく思えてくるな」
「そうですね、そのうち国が滅ぶんじゃないで―――――」

 今までPDAをいじりながら話していた青年が言葉を止めて急に顔をあげた。そのいきなりの様子につられて六郎も青年が見ている通路へ向く。
 そこには三つの人影が見えた。

「ようやく、誰か来たみたいですね」

 女性とその後ろで手をつないでいる少年と少女の姿だった。








『ゲーム開始より05時間12分経過/残り時間67時間48分』

 第五話 玄関待機―――――――――――――終了




第六話 規則条件





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