シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第四話 迷路地図






「ココちゃん」
「はい?」

 神薙 此処愛(カンナギ ココア)が見上げると、年上なのに年下のようなお兄さん―――正志が歩きながら話しかけてきた。

「えと、わたしの、ことですか?」
「うん。此処愛だからココちゃん。可愛くない?」
「………………」

 此処愛はその唐突な物言いに少々面を食らってしまった。

「嫌?」
「い、いやじゃないです」

 それどころか、彼女らしくもなく頬が緩むのが感じられる。あだ名をつけられるなんて初めての事だから、こんな状況だというのに心が浮き立つ。
 はじめは不安だった。
 夕方、誰もいない小さな公園のブランコで一人こいでいて――――知らないうちに眠っていたのか気が付いたら、身に覚えのない薄暗い不気味な部屋のベッドの上だった。
 此処愛は少女としての危機感を覚え軽いパニックニなったが、ベッドの上で恐怖により縮こまるよりもここから一刻でも早く逃げ出したい一心で部屋を出た。
 部屋の外は大きな建物の中らしく、うちっぱなしのコンクリートが寒々と広がっていた。
 マンションのフロアも冷たい似たような雰囲気があるが、ここは度が過ぎている。むしろ見ているものに冷たい気持ちを味あわせるようにわざとそうしてあるかのようでもあった。
 引けそうになる腰を意思の力で従わせて、大迷路のような窓もない建物の中を進んでいく。
 そして、正志と出会った。

「ココちゃんは、こういうの得意? 迷路を解いたり道覚えたりするの」
「私は、けっこうとくい…………かも、しれません。えと、散歩がすきで、町で迷ったことはない、です」
「ほー、じゃあ安心だ」
「正志、さんは?」
「僕は自慢じゃないが校内で迷った事がある。音楽室に行こうとしたらいつのまにか体育館で別のクラスに交じってスリーポイントシュート決めてた」
「…………ほんと、自慢じゃない、ですね。ふふっ」

 普段から人見知りの気があり学校でも友達がいない此処愛は当然、日常で異性と話をする機会も少なかった。皆無とすら言ってもいいかもしれない。
 そんな此処愛がこうも手易く、こんな見知らぬ場所で会ったばかりの男性と談笑するなんて自分でも驚く事実だ。
 本人である此処愛は漠然ながらも理由を感じ取っていた。

「廃ホテルというより、牢獄というか要塞じみてるね、ここ。窓が一つでもあればそこから外に出れるんだがな」
「地下みたい、ですよね、ここ。デパートの地下駐車場って、ちょうどこんな感じ、じゃないですか?」
「地下駐車場風ホテル、ってのも斬新だなあ。コンクリートだから声が反響するしね」

 此処愛が見上げている少年は今まで出会ったどんな男性のタイプとも違っていた。
 毎日会う同じクラスの男の子達はもっと騒がしくて優しくない。
 一緒に暮らしている父親はもっと神経質そうで優しくない。
 会ったばかりの彼は男の子達よりも子供っぽく、父親より大人っぽかった。
 迷子で泣く子供っぽさを見せつけられたのに、話し方には年上の余裕があり見上げた横顔は大人っぽい。

「どったの?」

 正志の声で此処愛は彼の顔を見つめていたことに気がついて赤面した。

「い、いえ、なんでも、ないです」
「そう? ごめんね、僕が方向音痴なせいで迷惑をかけて」
「そ、そんなことない、です!」

 済まなさそうに眉を八の字にする正志を見て、此処愛は慌ててしまい両手をわたわた上下に振った。

「わたし、こそ、大してお役に立て、なくて」
「ん? 十分役に立ってるよ」
「そ、うですか?」
「うん。一緒にいてくれるだけで嬉しいもん。こんな所に一人だったら怖いからね」

 何の含みもない、純朴な笑顔。この人なら信じられる、と根拠もなく感じてしまう。
 此処愛は微笑み返した。
 その笑顔の裏で此処愛は、少し心がちくりと痛んだ。
 この人なら私は――――――。


「―――――あなたたち、そこで何しているの?」


 唐突な声に心臓が爆発した、と此処愛は感じた。

「ん?」

 早くなる胸の鼓動を手で押さえる此処愛に気づかない正志が声のした背後へ振り返る。その間にもかけられる声は女性のものだった。

「…………どちら様?」
「それは私が聞きたいわ。あなた達はこんな所で何してるの?」
「聞いて驚くな。二人そろって絶賛迷子中だ!」
「…………………」
「驚いて声も出ないみたいだ、無理もない。僕も泣きそうで声が出ない……………」

 正志が自分で言って自分で落ち込んでいる間に落ち着きを取り戻した此処愛は振り返った。
 そしてここに来てからようやく二回目となる出会いだった。
 一回目は言うまでもなく異性の正志。
 二回目は同性だった。

 化粧をきっちりと処しパンツスーツ姿をきっちり着こなした20代後半ぐらいであろう女性だ。労働をしたことがない小学生から見ても〈仕事ができる女〉と思わせる、ショートカットが異様に似合うかっこいい女性である。
 女性は片手にハンドバッグを持ち、コツコツとヒール鳴らせて近寄ってきた。その表情は困っているかのように歪んでいた。

「…………その様子じゃ、あなた達もここに知らない間に連れてこられたみたいね」
「あなた達も? お姉さんも気づいたらここにいたクチ?」
「ええ」

 女性は首をとんとんと指先で叩いた。しかし、肌をたたいたとは思えないこつこつとした硬い音が鳴る。すぐにわかった。首輪である。
 此処愛が隣に立つ正志を見上げると、彼の首にも同じような黒い首輪が見えた。多分だが、此処愛に嵌められているのと同じものだろう。

「私は会社から帰る途中で、そこから記憶がなくて気がついたらここに。あなた達は?」
「僕達も同じ。気づいたらここの部屋の中にいて首輪が付けられてた」

 年上だというのに正志は少しも臆せず話している。なんとなくだが、人と仲良くなるのが上手そうな気がする。

「ねぇ、あなた達もここから出ようと出口を探しているの?」
「うん、そう。でも迷子になって…………ううっ」

 腕を目にやりまたもや泣くフリをする正志を見て、女性はくすりとだけ笑う。

「なら、私も一緒に行ってもいいかしら? 誘拐されたのに個々でいるのは危ないと思うの。人数がいれば誘拐犯に対抗できるわ」
「えーと、誘拐? なのか。この状況は、やっぱり」

 正志が困ったように気弱な声を出す。女性は何をいまさらとばかりに呆れた顔をする。

「これが誘拐以外のなによ?」
「んー、ドッキリとか?」
「ドッキリ、って古い子ねぇ。どっちにしろ用心するに越したことはないわ。コメディ番組かと思ってたら、ノンフィクションニュースだったなんて笑えないわ」

 女性は自分の言ったことが可笑しかったのか破顔した。途端、学校の先生のようなキツめの印象が霧散して気さくなお姉さんのように感じられた。

「私は小鳥遊 留々菜(タカナシ ルルナ)。職業はデザインプランナーよ。よろしくね」
「僕は札槻 正志。職業はハイスクールステューデント」
「……………無理に英語にしなくてもいいわよ。そちらのお嬢さんは?」

 留々菜は今まで会話に置いてきぼりにされていた、正志の陰に隠れている此処愛を覗き込むように見た。此処愛はその視線を受けて尻込みしながら名乗る。

「か、神薙、此処愛、です…………」
「ココアちゃん? 甘そうな名前ね」

 遠慮ない批評に此処愛は小さい体をさらに小さくして視線から逃げるように正志の背後に隠れる。正志と違い留々菜は年長者特有の圧迫感があり、生来の人見知りもあって緊張してしまったのだ。

「あらら、嫌われちゃった」

 留々菜は残念そうに肩をすくめると、二人の脇を通り過ぎ歩きだした。

「行きましょう」
「行く、って……………どこに?」

 先を行く留々菜の後を二人は慌ててついていきながら正志は首をかしげた。

「地図だとここをまっすぐ行って曲がった所で、この狭い廊下からひらけた場所に出るみたいよ」
「地図?」

 正志は一層首をひねる。今まで歩いていて案内板のような地図もなければ非常灯すらなかったからだ。
 そんな正志に留々菜は歩きながら振り返る。

「あら、気づかなかった? これよ」

 留々菜がハンドバッグから黒い長方形の物体を取り出した。それは見たことがあった。

「PDA?」
「そう、携帯端末よ。部屋にあったのを拝借してきたの」
「それなら僕もパクってきた」

 そう言って正志もビニールバックからPDAを取り出した。

「ココちゃんは持ってこなかった?」
「あ、いえ、持ってきました」

 此処愛もカバンから二人の物と全く同じ外見のPDAを取り出した。こうして見るのは部屋で発見した時以来なのだが、改めてみるとゲーム機みたいな外見とは裏腹にどこか不吉で背筋が震えた。
 そんな此処愛の態度を、正志と留々菜は気にせず電源が落ちていたPDAを起動させていじり始めていた。

「……………3人とも同じデザインのPDAね。ということは誘拐犯がわざと置いていったのかしら? それよりも、PDAの中にこの建物の地図が入っているのよ」
「そんなのあった? 一回見たけど、ゲームしかできなかったけど」
「ゲーム? 下部についている右ボタンを押すの。それで項目が出て来るから『地図』の文字を画面タッチすると出て来るわ」
「…………………………こういうの苦手なんだよな。ココちゃんは大丈夫?」
「はい?」
「おおう、片手打ちだ!」

 正志は片手でぽちぽちと手早く操作している此処愛に驚く。正志が悪戦苦闘している間に此処愛は既に地図の項目を開いていた。
 項目を開くと、縦横の線が何十本も交差したり途切れてしていなかったりする図が表れる。

「…………迷路? 懐かしい。小学生のころは自由帳に迷路作って遊んだなぁ」

 その画面をひょいと少しかがんで正志が覗き込んでくる。自分のPDAを操作するのは諦めたようだ。

「迷路、みたい、です」
「でも、これってスタート地点がないな。どこから始めればいいのやら」
「えと、あの、これ……………」

 此処愛の頭の中に閃く物があった。
 迷路みたいな図と、地図という項目。
 その考えを肯定したのは留々菜だった。

「そうよ。多分、この地図はこの建物の中の見取り図よ。今通った道がここ。ほら、辻路に曲がり角、で進路方向には丁字路。ぴったりでしょ」

 地図の大きさはPDAの液晶をめいっぱい使って表示されていてその中を縦横無尽な蟻の巣といった風に道が入り組んでいる。言われなければ地図ではなく入り口から出口まで線を引いて遊ぶ迷路と勘違いしてしまいそうである。

「……………うそぉ。だって、そうならこれ、めちゃくちゃ広いぞ」

 留々菜が指で地図を指すのを見ながら、正志は呆れたように言った。
 指で示された部位は、地図のほんの一区画だったのだ。
 本当にこれがここの地図ならば、この建物は下手なショッピングモール一個分くらいの面積を持つということになる。

「広い広い、とは思ってたけど、さすがにここまで広いとは思ってなかったな…………」

 正志と此処愛はかれこれ一時間以上も建物の中を歩いてきた。その間、多少は角を曲がったりしたものの基本的に同じ方向にしか歩いていないのに、行き止まりはあれどこれ以上同じ方向に進めないという事態にはならなかった。

 それが表すのは、一時間も歩いたというのに建物の外周にすらたどり着けなかったという事実だ。
 だからそれなりに広いことは予想していたが、地図の広さはその予想以上だった。

「えと、どのくらい広い、ですか?」
「えーと縮尺は、この道の幅と地図の道の幅で導き出して……………………軽く新宿駅クラスだな、こりゃ」
「あれは迷うわよね」

 うんうん、と小学生の此処愛には意味不明な共感をする二人。
 首をかしげる此処愛の頭上で留々菜はPDAに映った地図に指を置く。

「それで、私達がいる場所がここ。少し行った所に、ほら、開けた場所があるじゃない。そこ行きましょ」
「あるけど………どして?」

 留々菜が指を示した場所は、地図の左最端で他の部屋より何倍も広い空間だ。現地点からそれほど距離は離れておらず、留々菜はそこへ向かおうと提案しているのだ。

 首をひねる正志を見て留々菜は言葉をつけたす。

「この建物、いろいろ部屋はあったけど客室がある建物なんてホテルくらいしか考えられないわよね。なら、この地図の端にある広いフロアはホテルならエントランスに見えない?」
「あー、確かに迷路の入り口にも見える。ってことは…………」
「そう、ここから出られるかもしれないわ」
「おお!」

 正志が歓声をあげる。此処愛も自分の表情が明るくなるのがわかる。この不気味な建物から脱出できる算段が以外にも早く立つとは思わなかった。

 コツコツと鳴るヒールの音と二つのスニーカーの足音が軽くなった気がする。
 正志も此処愛と同じ気持ちなのか、声に喜色がにじんでいる。

「いやー、でもここ広いよなー。ホテルにしたって限度があるだろ」
「そうですね。ホテルとか、泊まったことないからわからない、ですけど」

 さっきまでは大人二人で話していたようなものなので、蚊帳の外だった此処愛は難しい話から一転して話しかけられたので嬉しくなり口数多く答える。
 先頭を歩いていた留々菜が前を向きながらそんな二人の間に入った。

「広さだけじゃないわ。高さもあるのよここ」
「高さ?」
「PDAの地図に階数表示があるのよ。気づかなかった? それによると6階まであるみたいよ」
「この広い空間が六階まであるのか………。うーむ、こんな場所を遊ばせとくなんてもったいない。再開発とかしないのかな」
「高校生の着眼じゃないわね。都心では見かけないけど地方にはこういう廃ホテルや廃テーマパークは結構あるのよ」

 ほへー、と話に混ざれない此処愛も社会の授業を受けているような気分で正志の言葉に耳を傾ける。

「でもさ、こんな広いのに見知らぬ人間同士が出会えるなんて、巡り合わせというか運命的というか、なんか嬉しくならない? ねえココちゃん」
「えっ。えと、その、そう……………ですね。私も、嬉しい、よ」

 話をいきなり振られて驚いたものの、実はほっぽられて少し寂しかった此処愛は微笑みながら応える。それに正志もにこりと微笑み返す。
 そんな二人を見て、意外そうな顔を留々菜はする。

「あら…………。もしかしてあなたたちここが初対面だったの? てっきり従兄妹か知り合いだと思ってたわ」
「どして?」
「それよ、それ」

 首をかしげる正志に、留々菜は苦笑しながら正志と此処愛の間のそれを指さした。
 それは手。二人がつないでいる手だ。
 留々菜と出会った時から今まで二人はずっと手をつないだままだったのだ。

「え! え、えと、その………」
 そのことに気づいて此処愛は今さらながら恥ずかしくなって顔が赤くなるのがわかる。遅まきながらも手を放そうとするが、やんわり握られて離すのをためらってしまう。

「いやぁ、こんな不気味な建物に二人っきりで心細かったから手をつないでた」
 あえて主語が抜かして話す正志。それが彼のことを言っているようには思えない。彼なりの心遣いを受けて自分の頬がさらに赤くなるのを感じたが、此処愛はうつむくだけで手を離すことはしなかった。
 ちらりとそんな二人の様子を肩越しに見て留々菜はすぐに前を向いた。

「そう、仲がいいのね二人とも」


 通路の角を曲がると、同じような灰色の通路が二十メートルほど続いていた。その先は通路が途切れ、別の空間につながっていた。

 そこは目的地のホテルでいうならばエントランスのような場所。

「なら、その手は離さないようにしないといけないわね」

 そこに見えたのは3人の男達だった。







『ゲーム開始より05時間12分経過/残り時間67時間48分』

 第四話 迷路地図―――――――――――――終了




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