シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第三話 初回遭遇





「…………だいじょうぶ、ですか?」

 もう一度、心配そうな、いや特にそうでもなく不思議そうな声が頭上から聞こえた。

 正志がのろのろと顔を上げると、そこには予想通り少女がいた。
 こんな廃墟じみた場所には似合わない薄ピンク色のワンピースを着た、齢は正志より二回り、もしかすると三回りくらい下の、髪が長い少女だ。

 いや、長いというか………ロング系とかセミロング系とかを超越した柳の下系(どじょうじゃない方)で後ろ髪は腰と肩の中間まで、前髪は目を隠さんとばかりに伸びている。シャギーとか切り揃えられているわけでもなく何の手入れもされていない髪型だ。

「あたま、打ったりしました?」
「あ、いえいえ、そんなことありません」

 思わぬ登場人物とその髪型に驚いて放心していた正志はあわてて少女に返事をする。
 こんな場所でこんな時にこんな少女に合うとは思っていなかったので度肝を抜かれたのだ。どのくらいかというとポンキッキーズ見ようとテレビつけたらオハスタやっていて平日というのに気づいた時くらいビックリした。

「だいじょうぶ、ですか?」
「あ、はいはい大丈夫です」

 なぜ自分は年下の少女に敬語で話しているのだろう、と冷静になった正志は思った。そんな正志を少女は不思議そうに見ている。

 すっと小さな手を差し出した。その際に髪が揺れ、隠れていた喉元に光沢をはなつ首輪が嵌められているのが見えた。

「立てない、んですか?」
「え、ああ、そうだね。立ちます」

 自分が寝たまんまという事に気がついた正志は顔を上げた。
 顔を上げた時にワンピースの裾から病気かと思ってしまう程に細くて白い足がのぞいてどきりとしたが、それをおくびにも出さずに少女の手をとって立ち上がろうとする。

「ひゃっ!?」
「お!?」

 そして倒れた。

 正志は高校生、少女はどう高く見積もっても小学校高学年。男の胸より背の低い少女が支えきれるはずもなく、少女を引っ張るような形で倒れる。

「おおおおおお…………!」

 正志は位置関係上、少女に押しつぶされる形で地面に無理やりキスさせられ鼻が折れたかと思う痛みに唸る。
 普通の高校生なら自分の上にある少女の柔らかさを楽しむのだろうが、そんなやましい心を吹き飛ばす程の一撃だった。

「わ、ご、ごめんなさいっ」

 少女が正志の上から慌ててどくが、あまりにも遅すぎる。少女が膝をついて今度こそ正志を心配そうに見ている。鼻を押さえながら、正志は顔をあげた。

「き、気にしないれ………」
「で、でも…………ご、ごめんなさい」

 それにしても先程の不思議そうな声とはうって変わって、小さく不安そうな蚊の鳴くような声だ。
それは怯えたような声でもあった。

 そこで正志はようやく、彼女も自分と同じく無理やり連れてこられた人間かもしれないという事に気がつく。
 誘拐まがいの目に遭い、目を覚ましたら見知らぬ廃墟じみた建物内。そこは物音ひとつしない誰もいない空間。高校生である正志ですら少し不安なのに、小学生が怯えない訳がない。

「気にしないでいいよ」

 だから気の抜けた柔らかい声で、別の言い方をするならば優しい声で、正志は答えた。

「僕こそゴメン。いきなり引っ張っちゃって。どこかぶつけなかった?」
「だ、だいじょうぶ、です」
「なら重畳」

 正志は身を起して、それでも心細そうな表情な少女の前にあぐらをかいて座った。
「えーと」
「……………………?」
「初めまして、札槻 正志(フダツキ マサシ)と申します。君の名前は?」

 いきなり自己紹介を始めた正志に少女は戸惑いながらも膝立ちから正座になって名乗った。

「…………神薙………此処愛(カミナギ ココア)、です」
「ココア? 最近の子らしいぶっ飛んだ名前だなあ。あ、いい意味でね」
「あ、ありがとう、ございます」

 少女――此処愛は年上に慣れていないのか、特にほめていないのに恐縮しきっている。

「それでどうしてこんな所に? 学習塾の帰りかな」
「………え、ええと、公園でブランコにのってたら、いつの間にかこんな所に、いたんです」

 先程の転倒で初対面特有の緊張感は薄れたみたいであるもの、完全になくなってはないようで言葉がとぎれとぎれである。

「ここがどこだかは知らない?」
「はい………………」

 どうやら正志と同じく此処愛も誘拐まがいをされたクチらしい。

「じゃあさ」

 正志は小首をかしげながら両手を合わせた。彼特有のお願いするポーズである。
「助けてください」
「はい?」

 そして年下の少女に助けを求めた。

「実を言うと僕も似たような状況でね。さっきから出口を探してるんだけど迷ってばっかでもうホント、どうすればいいのか途方に暮れてたんだ。歩くの疲れたし。もうどうしたらいいのか、ううっ」

 男子高校生が女子小学生に迷子になったから助けてくれと泣きついている図がそこにはあった。
 少女もまさか一回りも年上の少年に泣きつかれるとは思ってなかったのか面を食らっている。

「え、えとえと……………な、泣かないで?」
「ぐすっぐす……………ここ何処だかわからないし、誰もしないし、ドラマ見れないし、お腹すいたし喉乾いたし」
「よ、よしよし」

 意外と打たれ弱くも泣きだした正志の頭を5歳は年下であろう少女が子供をあやすように撫でる。立場が逆だ。

「じゃ、じゃあ……………わたしといっしょにに出口さがしましょう? ね?」
「うん、お願い……………」

 しかし年上のプライドなぞ欠片もない正志は涙をぬぐいながら、立ち上がった少女の手を取ろうとした。
 そしてまた二人そろって転んだ。

「のわっ」
「ひゃあ!」

 また正志を押しつぶすように此処愛が倒れ、下敷きになった。

「ぐあっ」
「だ、だいじょうぶですか?」
「……………ごめん、足がしびれて立てなかった」
「ぷっ………あははっ」

 正志の情けない顔に、此処愛は初めて年相応の表情を、かわいらしい笑顔を見せたのだった。
 此処愛はくすくすと笑いながら、正志の上から立ち上がり手を差し出す。
「て、かしますよ?」






 この時、正志は何も知らなかった。
 このゲームの危険さも、状況も、他の集められた人間のことも。
 目の前の少女のことさえ、何も知らなかった。
 






『ゲーム開始より03時間24分経過/残り時間69時間36分』

 第三話 初回遭遇―――――――――――――終了





第四話 迷路地図






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