シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第二話 行動開始





 しん、と静まった廊下。コンクリートで舗装された、というよりも壁紙をはられ忘れたようにむき出しで無骨の廊下は、空気が死んでいるかと思う程に静まり返っていた。

 ドゴン、という音が鳴り響くまでは。
 その音の発生源は扉だった。
 扉が中から蹴破られ、蝶つがいが外れたせいで倒れたのだ。

「あー、ふざけんな!」

 扉を蹴破った青年・細波 六郎(サザナミ ロクロウ)は傍から見てもわかる程に怒り高ぶっていた。

 それもそのはず、六郎は気づいたらこんな見知らぬ建物の一室で寝ていたのだ。そして最後の記憶はホテルの前だった。
 ナンパした女の子が思いのほか好感触で苦労してベッドインまで漕ぎつけそうだったのだ。
 なのに、男のマナーのストックが切れていたのを思い出し、コンビニまで走っていき燦然と輝く7のマークが視界に入った所でボクッバチバチッ。

 気が付いたら廃業したホテルのベッドの上でした。

「クソ、ふざけんな。ジャカジャカジャンケンで勝ったからラッキーデイじゃねーのかよ今日は!」

 どこぞの男子高校生と似たような事を言いながら六郎は倒した扉を親の敵のように踏みつける。

 あーホント常備されてるの使えばよかった。でもなあ、たまーに穴が空いてあったりとか正直信用ならねーんだよなホテルの備品は。などと後悔するだけで、六郎に誘拐された事に対する恐怖はない。

 もちろん、六郎はこの状況に対するある程度の知識と認識を持っている。部屋に置かれていたPDAに書いてあるルールは読んだ。この手の機械には強いという自負があるので、さして手間取らなかった。
 PDAをいじって現れたルールは4つ。ルール1と2は、いつの間にかはめられていた首輪を外すための方法だった。1と2はどうでもいい。問題は残りの2つの内一つだ。



『E 開始から3日間と1時間が過ぎた時点で生存している人間を全て勝利者とし20億円の賞金を山分けする。』



 これを見た時、六郎の心臓は少なくとも一秒は絶対に止まった。

 まじかよ、二十億? だって二十億ってお前、一生あせくせ働いても稼げない金額だぜ? 一生食うのには困らないどころか贅沢もできる。それどころか歌舞伎町の帝王にだってなれる………!

「マジスゲェ…………!」

 とは言え六郎はこれを完全に信じたわけではない。

 二十億はスゴい。スゴすぎる。だから逆にありえねえだろ。二十億の賞金とか大リーグクラスじゃねえのか? んなもん一般人にポンと出すわけねー。
 友人から馬鹿だ考えなしだとよく言われるが、この程度なら六郎にも判断がつく。

 部屋から出たのはあんなツマンねー部屋にい続けても意味がないという事と、自分を誘拐した奴をブッコロしに行くためだ。誘拐じゃないかもしれないと少しだけ思ったが、どちらにしても六郎の至福の時間を奪ったのだ。容赦はしない。

 やられた分はやり返す。それが六郎の流儀だ。
 扉を蹴倒したのは完全な八つ当たりだが。
 
 
 
 



 
 



「うーん、こんなボロっちいのに僕の6畳一間アパートより広いなんて、世の中は不公平だなあ」

 カッターシャツと黒の学生ズボン、両方に高校の校章が小さく刺繍された学生服を着た黒沼 力翔(クロヌマ リキト)は段ボールに腰かけてぼやいた。

 たぶん廃れてしまって営業していないホテルの一室なのだろうが、バク転すれば壁にぶつかり3回転跳躍したら天井にぶつかり腕立てしたら床が抜けた自分のアパートに比べると、広くてねたましい。なんだか誘拐されたかも知れない状況よりもそっちの方が興味ある。

 起きたら知らない場所で放置されていたというのに力翔はのんきにダンボール箱をかかとで蹴る。その表情は自室にいるのかというくらいリラックスしている能天気具合だ。

「しかも、昨日から何も食べてないのに備え付けの冷蔵庫は電気止まって何も入ってなかった。お世話できないなら誘拐なんかしちゃダメだろ! 元の場所に捨ててきなさいっ」

 あれって捨て猫にとっても身になるんだなあ、と拾われた力翔は(別に捨てられてなかったけど)そう実感する。

 一応、誘拐(不確定)されてから目覚めた部屋を出て、食べ物を求めホテルの厨房に向かおうとした。そのついでにこの建物からも出ようと出口を探した。
 のだが、廊下は歩行者を迷わせる以外なんの目的も見いだせないラビリンスな造りをして、その上この廃ホテルのような建物はかなり広くて、今は何処にいるのかもわからない状態だ。
 歩いてわかったことと言えば、この建物の中の部屋は3つに分類できるということだけ。

 一つは、最初に目覚めたような廃ホテルの一室。時間を戻せば学生の身分では絶対に泊まることができないであろう高級客室。今は別の意味で泊まるなんてできない。怖すぎる。
 だがホテルにしては数が少なく、発見率は二十%ぐらいであった。

 二つ目は発見率が一番少なかった広間。客室の倍くらいの広さがあり、幾つもの扉と繋がっていて、廊下からそこを通って別の廊下に行くことが出来る。

 三つ目は一番数が多い倉庫。ここは本当に営業を停止したホテルなのかダンボールに詰められた食器やその他雑貨が詰まっていた。そんな段ボールや椅子、机などが置き去りにされた部屋。

 それだけのことが分かるくらい力翔は見回ったのだが、出口はおろか窓すらなかった。客室の冷蔵庫にも食べ物どころか冷気すらなかった。
 そのためキッチン探索はあきらめ適当な部屋に入り、物が詰まって重いダンボール箱をひっくり返したりして何か食べモノがないか探した。
 しかし、ダンボールの中身は皿やコップなどの食器やガムテープばかりで期待に沿うようなものは何一つ見つからない。
 さすがの力翔といえどもガムテープは食べられない。喉を通ることもできず吐き出してしまった。

 途中、力翔は伝説の《パールのようなもの》を見つけてはしゃいだが一層腹が減ってしまう罠だった。一応、かじってみたが鉄の味しかしなかったので捨てた。今なら10年くらい放置されたハンバーガーでもいける。

「そもそも今日はがー君がマクドでおごってくれるはずだったのに……………ジャンクフード食べたい」

 今日は学校帰りに試験をよく頑張ったご褒美に親友からマックをおごってもらう予定だったのだ。なぜ同じく試験を受けた親友からおごってもらうのか…………愛? まあ保護者を自他ともに認めているので、力翔は違和感がない。
 で、めくるめくマクドワールドに思いをはせて二人で下校している所で意識が黒で塗りつぶされた。その時は数日の断食生活による貧血かと思ったが、誘拐(非確定)されるときに気絶されたのだと思う。

「がー君はいないし一緒に誘拐されなかったのかな? うーん、なら僕を助けようとして無茶してないといいけど」

 力翔がこうものほほんとしていられるのは親友のおかげだった。
 中学のときからの付き合いとは思えないとよく言われる、力翔の親友は完璧超人だ。

 部活には所属していないが、正部員を差し置いて助っ人を頼まれる程に様々なスポーツに精通していて、それは短距離走のような才能よりも努力の比重が高い競技でも常人を寄せ付けない記録をはじきだす。
 テストをすれば満点は当たり前。かといって頭は堅くなく臨機応変の柔軟さを持ち、それは性格面にもあらわれ、男女問わずに人気を博している。 
 さらにルックスも良いとくればもはや死角などない。

 いつもマイペース(低速)な力翔とはまったく別の意味でマイペース(光速)な親友は唯一、欠点があった。

 例えば、一年前の出来事。
 同じ高校に入学したものの別のクラスに配置された力翔は軽いイジメにあった。
 普段からのほほんとしていて悪口程度では怒らない彼は、誰かを傷つけることを遊びと勘違いしている人種にとって恰好の獲物だった。だが力翔も少しの嫌がらせくらいでは蚊にもさされた程度にしか反応しないため、この事態が表面化するのには時間がかかった。

 そのことに親友が気付いたのは力翔と下校する際に、下駄箱の中の靴がなくなっていたのを見た時だった。
 聡明だった親友はすぐ気付いたが何もせず、その日は靴をわけて二人三脚の如く肩を組んで帰った。
 だから力翔は気がつかなかった。彼が表面下でどれだけ怒り狂っていたかを。

 その事に気付いたのは次の日、クラスから机が3つ消えていたことでようやくだった。その数はちょうど日々力翔を虐げていた人数と一致していた。親友が彼の才能智略人望人脈全てを使ってクラスメイトを叩き潰したのはそれから数日も掛からなかった。

 それが、欠点。
 なぜか親友は力翔のことになると手加減をなくす。普段は聖人君子のごとき彼だが力翔が絡むと悪鬼羅刹に変身するという習性があるのだ。
 色々な場面で見て助けられてきた力翔はその事をよく知りつつもその真の恐ろしさは全然わかっていないが、親友が彼をどんな手を使っても助けてくれることは確信していた。

 だから、彼は誘拐されたかもしれないというのに危機感が全くないのだ。

「がー君は今、どうしてるのかなあ」

 力翔はこの状況の危険さを見誤っていた。
 
 
 
 
 




 


 初嶺 未結(ハツミネ ミユ)は怯えていた。
 それだけだとライトノベルのタイトルみたいだが、そんなこと考えている場合ではない。

「ううう〜………………」

 未結はスプリングの飛び出たベッドの上で丸くなり必死で眠ろうとしている。
 だってアレはない。

 この部屋で目を覚ました未結は寝ぼけた頭で不思議に思った。アレ、未結はどうしてこんなところで眠ってるの? えーと、寝る前なにしてたんだっけ。たしかオキニのバンドを見にいってたんだ。バンドというかライブ。ライブというかアニソンライブ。好きな中の人がボーカルだったので迷うことなく予約したのだ。リアルフレンドが少ない未結は一人で見にいって一人で盛り上がって一人で寂しく帰る――――アレ、その先は覚えてない? まあいいや。今日のヒロ兄カッコよかったなあ。でも皇帝閣下のハニーボイスにもシビレた…………。

 そんな収拾がつかない未結の回想を破ったのは電子音だった。
 PiPiPiと鳴り続けるそれを未結は携帯の目ざまし機能だと思い止めようとした。だがいつもの定位置に携帯はない。仕方なく重い頭を上げると音源はベッドの備え付けテーブルの上にあった。

 未結はそれを手に取り、未結の携帯こんなに大きかったっけ? と不審に思いながらも操作すると音が止んで文字が表示された。
 やったこれでまた寝られる、あと五分だけだから、と誰にでもない言い訳をした未結は再び眠ろうとしたが、今持っている携帯に文章が表示されている事に気がついた。
 メールかな、と思い軽く目を通した。
 理解できなかった。
 もう一度、読んでみた。
 手が震えた。
 そしてその拍子にボタンに触れてしまい、次の文が表示される。
 読んでみた。理解できなかった。読んでみた。ボタンを押す。読んでみた。ボタンを押す。読んでみた。 そこに書かれていたのは人殺しゲームの説明書だったのだ。

 未結はパニックになった。漫画やアニメとかではよく見るけど、いやよく見るからこそこの現実を受け入れるのはたやすかった。
 だから、未結はこうして夢だから目を覚まそうと必死で眠ろうとしているのだ。

「なんで未結がこんな目に〜? 早く目を覚まして未結〜!」

 それでも未結は眠れず、時間は過ぎていく。




 



 



「………………迷った――――――!」

 札槻 正志(フダツキ マサシ)は十字路の中心で迷子を叫んだ。

 部屋を正志が出てから既に二十分近く歩いているも、何処にもたどり着けない。
 それもそのはず、この建物内は前衛芸術家が建てたのかと思うくらい入り組んでいて、ちょっとした迷路だ。行き止まりも幾つあったことやら。
 広さも半端ではない。右に曲がったり左に曲がったりと、未来予想という名の棒倒しで進む方向を決めているとはいえ、基本は同じ方向にしか進んでいない。なのに、行けども行けども果てはなし。

 それだけではなかった。
 この廊下はコンクリートがむき出しの寒々しい光景が広がっている。手が加えられていないからこそ特徴がなく、同じ道を何度も通った気になるのも迷路のようだ。
 さらに廊下どころか部屋にも窓がなかったため、強引に外にでることすらままならない。もしかしたらここは地下なのかもしれない。

「困ったぞ。微妙に困ったぞ」

 正志はそうつぶやくが、あまり困ってなさそうな口調。完全に収穫なしという訳ではないからだ。さすがにこれだけ歩いたのでいくつかわかったことがある。

 この建物は入り組んだ長い廊下と無数の部屋だけで構成している。
 部屋にはダンボール箱や食器、折り畳み式のテーブル、イスなど倉庫のようなありさまで、正志が目覚めたようなベッドがある客室はほとんどないようだ。
 かなり広いホテルのフロアみたい――――というよりもかつては営業していたのかもしてない。それにしては客のことを全く考えていない間取りだが。案内図がないか探してみたものの、非常口の誘導灯すら見つからない。

 他に正志が気がついた点は、自分は意外とさみしがり屋という事くらいか。

「人恋しい…………。まあ、誘拐? されたかもしれないのに平常でいる方が変、かな」

 正志は自分の心情をそう判断すると幅3mの廊下の中央をてくてくと歩く。

 誘拐犯がいるかもしれないのに無警戒にもはなはだしいが、正志は大して気にしていなかった。誘拐はあれから考えてみたもののやっぱり有り得ないし、もし誘拐犯に見つかったとしてもこの広い迷路廊下なら逃げきれると思ったからだ。

 もしこれが誘拐なら犯人は男子高校生の正志をさらった事から複数だとわかる。なら、あわよくば一人だけでも不意打ちかまし捕まえて情報を引き出せばいい、とどっちに転んでもいいような考えを正志は出していた。

 というか転んだ。

「あべっ」

 案内板がないか探すのに集中しすぎて足元がおろそかになり、自分の右足に左足をひっかけてしまったのだ。まだスタンガンか睡眠薬の影響で頭がふらついていたというのもあった。

「…………………痛い」

 正志は倒れたまま動かない。
 何というか、もう面倒くさくなったのだ。
 ここが誘拐犯のアジトだろうが映画の施設だろうが廃れたホテルだろうがアリスのワンダーランドだろうがホワイトハウスだろうがどうでもいい。歩くの疲れた。起き上がる気力もない。

 正志は高校生だがよく迷子になる。道を覚えたりするのが苦手で方向感覚もずれているから、テーマーパークなどは男同士なのに手をつながれて連れ回される始末。それでも迷子になった時はぼけーと誰かが探してくれるのを待つ。

 だが、ここは何処とも知れない、下手すると地元の栃木どころか関東圏じゃないかもしれない建物の中。友達が見つけてくれるなんて都合の良ことは起こらないだろう。

 僕は海の底のイカだ。………貝だっけ。どっちでもいい。今回のコトが映画の仕掛けならスタッフが助けてくれるだろうし、誘拐されていたとしても誘拐犯が元の部屋まで引きずっていってくれるだろう。スタートボタンで探索は一時中断。

「だいじょうぶ?」

 このまま寝てしまおうか、と思い始めた正志の耳に久方ぶりの人間の声が聞こえた。
 声は甲高い、第二次性徴を迎える前のキー音が高い、この不気味な建物には場違いな少女の声だった。






『ゲーム開始より03時間16分経過/残り時間69時間44分』

 第二話 行動開始―――――――――――――終了





第三話 迷路地図






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