シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第一話 意識覚醒





「――――――ん…………」

 札槻 正志(フダツキ マサシ)は目を覚ました。
 目を覚ましたはずなのだがあたりは暗い。電気がついてないからかと思ったが、まぶたを開けてないからだという事に気付いた。目を開ける。

「…………………?」

 そこは部屋だった。
 正志は横たえていた体を起こす。寝ていたベッドがギシリと軋んだ。

「………………んん?」

 自分の部屋で寝ていたと思っていた正志は予想とは違う光景に眉をしかめる。

 正志の部屋は男子高校生にふさわしく漫画や雑誌、ダンベルから旬の過ぎたCDまでもが散乱している。このほうが便利だからなどという言い訳ができないくらいで、物理と倫理の教科書の間にフライデーが挟まっている、そんな無秩序な王国である。

 はずなのだが、寝ていた部屋は正志の部屋とは別方向に雑然としていた。足が折れた椅子が転がり、タンスの引き出しは全部開けられて何も入っていない事をアピールしている。明りもカバーがはずれている蛍光灯だけ。いま座っているベッドにいたってはスプリングが飛び出している有様だ。

 どこぞのホラー映画に出て来る廃屋敷の一室かと思ってしまう程で、自分の部屋で一体何が起きた? と一瞬焦ったが、よく考えると自室にはベッドもタンスもない事を思い出す。そもそも間取りからして自室とは違う。

「どこだここ?」

 正志は首を振って部屋を見渡してみるも、やはり自分の部屋ではない事を再認するだけで、新しい事実の発見には至らない。
 それでも目にはいったのは壁掛けの鏡で、そこには金髪碧眼の美少年が映っている、なんてことはなく日本人高校生の情けない顔が映っているだけで鏡から目をそむけた。

「ふぅ…………やっぱり身長よりも鼻の高さがもう少し欲しい」

 現実逃避の先には別の現実が待っている、という微妙に含蓄のある体験をした正志は再びあたりを見回す。

「やっぱり…………自分の部屋じゃない、よな?」

 それどころか、こんな廃れたホテルの一室みたいな場所に正志は覚えがない。
 と、そこでようやく、自分がどういう経緯でここにいるのかすら覚えてない事に気がついた。

「…………えーと、確か今日は朝起きてポンキッキーズを見てから学校に行って、寝て、弁当食べて、寝て、終わって、帰り道の途中で人には言えない事をして…………………」

 して? その後どうしたんだ……………。突然、眠ってしまったのか?

「――――――――違う! あの後、いきなり後ろから襲われて…………!」

 正志の目が見開かれ、思い出した記憶に驚きをあらわにする。
 帰り道で人には言えない事をしていた時に、背後から何者かに襲われ――る前に肘鉄をそいつの肝臓にぶち当てた後、バチッと何かが弾けて―――そこで記憶は途切れていた。

 そして気づいたら、この不気味な部屋だったのだ。

「スタンガン………だろうな」

 スタンガン―――電圧に比べ電流を低することで相手を傷つけずに意識だけを奪う道具、いや凶器だ。護身用として所持している女性は昨今それなりにいるのではないだろうか。

 だが正志が考えていたのは別の事だった。脳裏にイヤな単語が浮かんでは消える。
襲われる。途切れる記憶。気づいたら見知らぬ場所。これらを総合すると――――

「空海? 違う。誘拐!?」

 その想像に正志は愕然とする。誘拐だなんてフィクションの中でしかあり得ない、あり得たとしても外国の話だ―――などと訳知り顔で学友に語っていた自分の身にそんなことが降りかかるだなんて想像の埒外だ。

「なんで、僕を…………誘拐なんて」

 自慢ではないが性格・器量・才能・能力の全てをとっても平均を叩き出し、その能力値をグラフにすると綺麗な正方形を描くだろうアベレージャー正志を誘拐していいことなんて何もない。
 身代金目的だとしても、貧乏学生にして両親は共働きだが未だに家のローンを完済していない中の中くらいの家庭である。

「金銭目当てだとしてももっと選ぶだろ。となると、怨恨? 自慢じゃないが後ろ暗い事が多すぎる…………」

 これを機に自分の生き方を見直して真人間になろうと正志は決めた。まあ、見直すだけだが。なれたとしても魔人間がいいところだ。

「まあ…………怨恨も有り得ないだろ」

 怨恨目的にしては、あまりにもお粗末すぎる。わざわざ捕えたのに手足もしばらず放置するなんて本気でしたのなら男子高校生をあまりにも舐めすぎだろう。
「金銭、怨恨、でもないなら…………」

 はっ、ととある事に気がついた正志は自分のベルトを確認する。

「ほっ、とりあえず貞操は無事か…………」

 最悪、既に1ラウンド終わっていたから放置されていた、なんてシナリオが頭をよぎったため、これには心底安堵しその幸運を神様に感謝した。

「幸運だったらそもそも誘拐なんてされないか。今日のジャカジャカジャンケンには勝ったラッキーデイのはずなのに………………というか今日?」

 ここが何処どころか今が何時なのかもわからない事にまたもや気がついた。
 外の景色を見て時間帯を確認しようと思ったが、そもそも窓がなかった。なので、正志はとりあえず学生服の尻ポケからワインレッドの携帯電話を取り出してぱかりと開いた。

「AM2:36……………日付、変わってる。しかもアンテナ立ってないし」

 唯一の連絡手段がなくなった正志が思ったのは、携帯も取り上げないなんて誘拐にしてはお粗末すぎる、という誘拐の線が少し薄くなったことへの安堵だった。

 だが、腑に落ちない。
 あの時、スタンガンで気絶させられてここまで連れてこられたにしろ、十時間は丸々経過している。いくらなんでも眠りすぎだ。というか誘拐されたのに眠りすぎだ。
 睡眠時間のとりすぎで今日寝れなかったらどうしてくれよう、などとボケたことを考えていた時だった。

「つっ…………」

 正志の体がふらりと揺れて頭を手で押さえる。頭にズキリと鈍い痛みが走ったのだ。どうやらスタンガンのダメージは予想以上で頭に響いているようである。

 憶測だが、多分眠っている間にも、起きそうになったらスタンガンを当てられ、夢の世界へ無理矢理追い返されたのだろう。そうじゃなくても気絶した後に麻酔薬でも使えばいい。
 どちらにしろ無理矢理に意識を落とされ続けた頭が痛みを訴えているのだろう。麻酔薬を使われるとその前後の記憶が抜け落ちるという話もよく聞くので、そんな代物が体に良いはずもない。

「くそ、だから授業中の記憶もないのか。今日の時間割すら覚えてないぞ」

 居眠りしていた責任を都合よく犯人(?)に押し付けた正志は、これからどうしようか頭を捻る。

「とりあえず、誘拐? なら警察に電話するか」

 正直、警察は好きじゃないのだが、誘拐ならばそんなこと言っている場合じゃない。しまった携帯を再び取り出そうとした正志の手がぴたりと止まる。

「さっき、アンテナ立ってなかったな…………」

 簡単な解決方法がなくなったことに少しだけ表情を険しくする。
 と、するとほかの解決方法は限られてくる。
 正志が視線を上げると、その先には扉があった。

 様々な問題における選択肢は、引くか進むか諦めるか留まるかのどれかに属する。
 諦めるにはまだ早く、留まるには落ち着けない部屋で、引くには退路がない。

「進むしか、ないか」

 そう正志はつぶやきながらベッドから立ち上がる。ご丁寧にも足元に置いてあった自分の通学用のバッグを拾い、肩に下げて部屋を出ようとした。
 扉に手をかけて扉のノブを開こうとする、その時。




 ――――――PiPiPi
 



 街中で響いたとしても大して気にならないだろう電子音が短く、自分の吐息以外の音がない静かな部屋にいる正志の耳に聞こえた。振り返りその音の発生源を探して、見つけた。

それ≠ヘ数ある家具の中で唯一綺麗な木製のコーヒーテーブルの上に置かれている。今はもう電子音は鳴っていないがそれ≠ェ発したのは一目瞭然だった。

「PDA?」

 携帯情報端末(Personal Digital Assistant)の略で、機能的には電話ができない携帯電話、もしくはキーボードがない小型ノートパソコンだ。形状的には大きな液晶とボタンが備わった携帯ゲーム機が酷似している。

 銀色の長方形をしたそれは正志ならギリギリ片手でワシ掴みできる大きさで、近づいてひょいと手にとってみる。意外と軽い。

「なんだコレ」

 誘拐犯の忘れものか? などと訝しんでいると手に取ったのを感知したのかスリープモードから立ち上がり、正面の八十%以上を占めている液晶画面にとある絵柄が浮かび上がった。

「スペードのエース…………?」

 まるでPDAが大きな一枚のトランプであるかのように、液晶画面を目いっぱい使ってトランプ絵柄―――スペードのAが表示された。
 真ん中には大きく、剣を意匠化しているらしいマーク。左上の端には〈A〉と下に小さなスペード。右下の端には同じものが上下逆さに描かれている。どう見てもトランプの絵柄だった。

「待ち受け画面の壁紙か?」

 それにしては黒地にライトグリーンで液晶に描かれたそれは趣味が悪い。
 裏返してみると、トランプの裏模様のように白枠の格子模様が液晶ではなく刻むようにボディにデザインされていた。やはりトランプをイメージして造られたみたいだ。

 側面を見てみると一つ、底面にも一つコネクター(機器同士をつなぐケーブル)が見つかった。パソコンに繋げるためのものだろうか?
 正志は高校生男子らしいこういう機械に対する興味本位で、何ともなしにトランプの絵柄に三つだけ並んだPDAのボタンを押していじってみる。

 すると、スペードのAの絵柄が消え、代わりに別のものが表示された。

「ルール?」

 背景は黒地で固定されているらしく、そこに浮かびあがるように書かれたライトグリーンの三つの単語が現れた。



『ルール・機能・解除条件』



 何ともなしに正志が画面に触れると、三つの単語が消えライトグリーンの文章が浮かび上がった。どうやらタッチパネルのようだ。
 正志は現れた文章に目を落とす。



『《ルール》
@ 参加者には特別製の首輪が付けられている。
それぞれのPDAに書かれた条件を満たした状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外すことができる。
 条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると首輪が作動し、15秒間警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。一度作動した首輪を止める方法は存在しない。


A 参加者には1〜9のルールが4つずつ教えられる。
 与えられる情報はルール1と2と、残りの3〜9から2つずつ。およそ5、6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。』




「……………首輪?」

 それに心当たりがあったわけではない。正志は首輪という単語でなんとなしに首を撫でようとしただけだった。

 カチン。

 首元からそんな音が発せられた。少し伸びた爪があたったからだろう。
 それでようやく正志は気がついた。首元に何かある、と。

「なんだこれ…………首輪?」

 喉元付近の硬い何かは、ぐるりと正志の首輪を囲っていた。ありきたりな表現を用いるならば、飼犬のように硬い金属の首輪がはめられていた。

 バッ、とものすごい勢いで正志は振り向き先程の鏡に自分を映す。ヒビがはいった鏡には冴えない少年。その首には銀色の首輪が嵌められていた。
 だが、予想は外れた。
 犬の首輪?
 違う。そんな生易しいものではない。この首輪が発するオーラはアクセサリーの類では決してない、機能性のみを重視したおぞましいものだった。
 ――――――これは囚人の枷だ。

「おいおいおいおい」

 いつのまにか装備させられていたのは、不吉で断じてオサレには向かない首輪だった。

 正志が引っ張って外そうとしてみるも首輪と首の間に小指すら入らないありさまである。壊そうにも首の骨が先に折れてしまいそうなほど硬い。力づくで外すのは無理だと正志は判断した。

 取り外しボタンか固定する金具がついてないか首輪を撫でまわしてみるが穴が二つ―――鏡で確認するとおそらく何かの端子(ケーブルをつなぐ穴)が見つかっただけだ。

「犬っころの悲しき気持ちを味わう事になるとは…………というか首輪?」

 何故だが不吉な感じがする単語に正志は首をかしげながらも、PDAにもう一度目をやる。
 文章を読む。読んだ。整理する。

「参加者、首輪、PDA、殺す、ルール…………………」

 PDAのボタンを押すとまた画面が変わり別の文章がライトグリーンで表示された。



『B PDAは全部で13台存在する。
13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲーム開始時に参加者に1台ずつ配られている。
 この時のPDAに書かれているものがルール1で言う条件にあたる。
 他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外すことは不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。


F 開始から6時間以内に人を殺すと、殺そうとした者の首輪が作動する。過失や正当防衛は除外。』




「13人、首輪、作動、死ぬ、戦闘、攻撃、作動、死ぬ」

 文章は全部表示されたのかスペードのAの壁紙に戻ってしまった。

 内容を要約すると、《首輪をはずすための特定の条件を満すため、必要ならば殺し合え》だ。

 書かれている内容は、非現実的だった。
 だから思ったのは現実的な答えだった。

「ゲームのチュートリアル?」

 書かれているルールはいかにもゲームや小説、映画に出て来るような設定で、鵜呑みにするにはあまりにもバカバカしすぎだ。

「ゲーム機にしては見たこともない機種だし、外国製品? しかもいつまでたっても本編が始まらない」

 ボタンを押すとまたルールが表示されるだけで、メニュー画面に移行したりはしない。
 本当に誘拐ならこんなゲームで遊んでいる時間はないのだが、今のルールで正志はとある疑問を抱いた。

「もしかして誘拐じゃないのか?」

 少しまであった熱い疑惑が、あのルールで冷めてしまった。それほどルールは荒唐無稽すぎたのだ。

 もしPDAに書いてあるルールの『首輪』が正志の首にはまっているものと同じで『参加者』が自分だというのが本当ならば、誘拐された人物は他に12人いて誘拐犯は全員に戦いをしろと言っている事になる。

 その推理の元はルールF。
 『開始から6時間以内に人を殺すと、殺そうとした者の首輪が作動する。過失や正当防衛は除外』は逆に言うとそれ以外の時間では攻撃可能である、と読み取れる。

 二世紀ローマのコロッセオ闘技場のように戦え、と書いているようなものだ。

「アホか」

 そんなことを現代で考える人間がいるはずもなく、つまりこれはデタラメだと思ったら、冷水を浴びせられたように我にかえってしまったのだ。
 用意されたPDAも首輪もルールも怪しくなれば、当然に誘拐の事も怪しくなる。

「というかそもそもこれは誘拐なのか?」

 第一にこれが誘拐としても不審な点が多い。手足も縛らずの放置プレイ、連絡手段すら奪わない、イタズラをされた形跡もない。
 しかし、謎の人物に襲われたのは確かだ。

「もしかすると無意識の内に倒して命からがら逃げて力尽きた所を拾われたのかもしれない。美少女なら最高。特に10代前半なら文句なし」

 などと自分に都合のいい夢と書いて妄想を見る男子高校生。

「そうじゃなくても心理学の実験か、映画のプロモーションかドッキリかもしれない。いやドッキリはないか、最近のテレビ局にそんな度胸はないだろ」

 まあ誘拐にしろ悪戯にしろ狂言にしろ、ここにいてはどうにもならないし何より暇すぎて死ぬ。そう判断した正志は教科書など入っていない軽い通学用ビニールバックと一掴みの勇気だけを持って部屋をでようと、扉のノブに手を触れる。

「……………あ」

 そこでまだ自分がPDAを持ったままだという事に正志は気がついた。

「…………………」

 正志はPDAを数秒だけ見て、バッグに突っ込んだ。
 とりあえずこの高価そうなPDAはパクることにした。







 だが、彼はまだ知らない。
 PDAに書かれた内容はすべて真実であるという事を。
 首輪を解除できなければ三日後に死ぬ、というDEAD ENDが存在することを。
 PDAを、首輪を、命を、賭けた13人による殺し合いに彩られた悪夢の三日間が幕を開けた事を。

 そして彼の首輪の解除条件はただ一文だけという事を、まだ知らない。



『エースPDAの解除条件。
 クイーンのPDAの所有者を殺害する。手段は問わない。』







『ゲーム開始より02時間51分経過/残り時間70時間09分』

 第一話 意識覚醒―――――――――――――終了





第二話 行動開始





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