シークレットゲームBlackJack/Separater

   



第十一話 反逆開幕





 殺し合い《ゲーム》の第一の犠牲者が出るのをPDAによる中継で見た田上 奏(タノウエ ソウ)は一緒にいた二人と共に移動を開始していた。
 先頭に立って歩いている奏の後には二人の人間がついてきている。

「大丈夫?」
「……………も、もう未結は、未結は駄目です…………ばたんんきゅーです」

 校章が付いているカッターシャツと学生ズボンを着た温和そうな少年・黒沼 力翔(クロヌマ リキト)と、裾の広いフレアスカートにノースリーブのタートルネックの姿は喫茶店で文庫本でも読んでいるのが似合いそうだが、セミロングの髪に少女趣味な黒レースのリボンが浮いている女性・初嶺 未結(ハツミネ ミユ)だ。

「ほら、しっかり歩いてください」
「み、未結はリキト君と違って、若くないから元気出ないの〜」
「大して歳違わないでしょう」

 軽口を叩いているが声は堅く顔色がすぐれない初嶺は黒沼に肩を貸されてやっとのことで歩いている。彼女程ではないが彼も顔に疲労の色が見えている。

 無理もないだろう。
 この建物に誘拐されて、強制的に殺し合いの《ゲーム》に参加させられた。証拠と称して数分前に爆発に追い回され必死に逃げる青年を目前にし、最後に地雷に巻き込まれて無残な死を遂げるスナッフムービーをPDAで見せられる。
 常人の精神ならば相当応えるだろう。泣きわめき心身喪失して自暴自棄になるか魂の抜け殻となってもおかしくはない。他人に支えられているとはいえ歩いている女性と、他人を支えるだけの元気がある少年、どちらも大したものである。

「ほら、早くしないと間に合いませんよ」
「わ、わかった、がんばる〜」

 なよなよとした返事だったが女性は気合を入れたようで目に気力が戻った。歩く速度がカタツムリの動きから亀の歩みに変わっただけだが。

 間に合わない――――とは、黒沼少年が提案した他の参加者と今の内に出会っておくべきだ、という意見である。
 死のデモンストレーションを見終わった奏と黒沼と初嶺の三人には、これからどうするべきか、という当然だが皆目見当がつかない命題があった。初嶺は真っ青になって震えていたが、黒沼は青い顔ながらもしっかりとした口調でとある提案をした。

「…………他の参加者に会いましょう。どうするにしても、今は会いに行くべきです。それに今なら、他の参加者に会えるかもしれないし」
「この広い建物で、他の6人の人間と、どうやって? 無理……………かも」
「今なら、出来ます。さっきまでの証拠――――あの男は明らかに逃げる経路を誘導させられていました。だから僕らも一瞬だけですけど生で見ることが出来た。他の参加者も同じように見せられたと思います。
 なら、あの経路をたどれば参加者を発見できる可能性が高い」
「でも、もういない…………かも」
「いや、会いたいと思っている人間は同じことを考えますよ。この男の終着点ですが、そこにも誰かがいたと思うんです」

 PDAの地図にはもう光点が消えているが、それが奥まった場所を最後に消えたのはリアルタイム出見ていたので、どこまで男が走ったのかは見当がつく。

「でないと、こんなところまで走らせません」
「ただ、他の人間を、巻き添えにしない、ため……………かも」
「だとしたら、この奥の広い空間まで行かせると思います」

 黒沼は知らないだろうが地図上のエントランスの部分を指で叩いた。

「こんな広い空間の手前で男を殺すのは意味がありません。それよりもこの広い空間に結構人が集まっていて、多くの参加者にショッキングな光景を見せようと男をここで殺した、という方が説得力がありませんか?」

 予想は見事当たっているのだが、その事実を知らなくとも確かめてみる価値はある推論だった。そうと決まれば参加者たちが移動を開始しない間にエントランスに向かわなければならない。

 立つこともままならない初嶺に黒沼が肩を貸して、この奇怪な建物では何が起こるかわからないため警戒の意味合いで奏が先頭を歩くことになったのだ。

 別々に行動をしようという意見は出ずに三人は行動を開始した。

 それから大した時間がたってないとはいえ、エントランスへはまだまだ距離がある。この建物自体がかなり広く無秩序に入り組んでいるため、正確な数字はわからないが下手すると遭難してしまうだろう。
 ただでさえ歩みが遅いのにまだまだ距離がある。このままではエントランスに着くまでに他の参加者がどこかへ行ってしまう。

「…………………かも」

 一刻でも早く進まなければならないが、奏が振り向くと二人とも体よりも心が消耗していてすぐにでも休憩を挟むべきであろう。

「………あなたたちは、ここで、休んだ方がいい」
「で、ですけど、僕らも早く行かないと」
「今のあなたたちには、無理。私だけ、先に行くから、休む」
「あ、危ないですよ! どんな仕掛けが、それこそまだ地雷があるかもしれないんですよ!?」
「大丈夫、足、速いから。それに、彼女が、もう限界」

 はっ、として黒沼は肩を貸している女性に目を落とした。初嶺は地面だけを見て歩いている。会話に気付いた様子はなく、声も耳に入らないないくらい、彼女は追い詰められていた。これは、もう限界を超えている。肩を貸されているというより、もたれかかってやっとのこと歩いていた。
 ここで初嶺を疎ましく思うより、自分の気の回らなさを悔やみ唇をかみしめる黒沼はよほど出来た性格をしている、と奏は思った。

「だから、そこらの部屋に入って、休んでて」
「…………わかりました。無理はしないでくださいよ」

 肩を貸している女性だけではなく奏にまで気を回す少年の声を背中に受けて早速、薄暗い通路の先へ奏は歩きだす。

 通路は三人ぐらいなら並んで歩ける快適な広さなだ。が、目をつぶって歩いても観客がいないキャットウォークを延々と五分は歩ける長さと、意図的に薄暗くされた蛍光灯の配置で寂寥感や不快感の方が強い。

「……………………」

 そして爆発の痕。
 地雷が爆発し、壁や床を焦がしヒビが入っている無残な足跡。男が逃げた方向への道標。

「……………………」

 角を幾つか曲がった後、まだエントランスまでは距離があるのに奏は立ち止った。壁に等間隔で並んでいる扉の一つを開いて、さびれたホテルの一室のような部屋に入る。
 電気は灯けるまでもなかったがやはり薄暗かった。入り口の扉を閉めると奏は埃の積もった洗面所の鏡の前に立った。

 ひび割れた鏡には少女が映っている。今年で15になる奏の容姿は、少女の可愛いらしさが女性の美しさに移り変わる絶妙な狭間にあり、言いしれない妖艶といってもいい程の色香をかもしだしていた。

 現実離れした奏の美貌を意図してかせざるか、さらに強調しているのは彼女の着ている物だ。文字通り、彼女は着物を着ていた。藍よりの紫の色合いの着物と緋色の帯を見事なまでに着こなしていた。
 着物といっても振袖みたいな動きにくいものではなく、どちらかといえば浴衣に近いカジュアルなものだ。帯も形だけの装飾で実際はフックで留めてあるため、背中にお太鼓(着物の背中にある帯をまとめた箇所)がない。裾もかなり広くしつらえてあり、八掛けがないため中華服のスリットのように裾から脛まで見えている。

 上から下まで和風な格好だが足元が唯一、現代風の爪先が見えるブーツサンダルではあるが、そこからは白い足袋がのぞいていた。
 かなり奇抜な格好であったが、この異常な建物では異様なほど溶け込んでいた。

「…………………」

 今まで手に持っていた巾着を洗面台に置いて、紐口を開いてPDAを取り出す。
 そして、もう一つ、着物の帯の内側からも隠すように所持していたPDAを取り出した=B

 ―――――二台のPDAがそこにあった。

 何故、一人に一台しか与えられてないはずのPDAを二つ持っているのか。答えは簡単だ。一つが彼女のPDAだが、もう片方は彼女のPDAではない。
 赤峰 彰智(アカミネ アヤサト)の―――――エクストラゲームで殺された青年のPDAである。 何故、遠いエントランスで死んだはずの彼のPDAを奏が持っているのか?

「………………………」

 PDAから視線を鏡に戻した。後ろで一つにアップでまとめた髪の根元には、鬼灯を模した赤よりの橙色をしたかんざしが刺さっている。それをひき抜いて洗面台の前に置いた。
 しゃらん、と引き抜かれたかんざし。鬼灯を中心にした、ススキを意匠としたガラス細工のすだれがこすれて鳴ったのだ。芸術品と勘違いしそうな職人の腕で造られただろう装飾。

 その中に異物があった。

 銀と赤のかんざし、その中に黒い物が混じっていた。装飾の一つではない。断言できる。どこの誰がかんざしに極小のマイクロカメラ≠仕込む職人がいるだろう。
 マイクロカメラ。ハンディカメラなど比べ物にならない小ささで、機体の体積のほとんどがレンズで占められていて消しゴムほどの大きさである。目を寄せても気づけないくらい、かんざしと一体化している。

 そんなものを何故、奏は身に着けていたのか。普段から身につけている物ではあるまい。
 かんざしから黒いケーブルが伸びていて着物の中に消えていっている。小さなマイクロカメラだけでは高画質の撮影は出来ないため映像解析と無線送信の機器が足にくくりつけられているのだ。その重量は合計で4キロ。少女がおしゃれとして身につけているには少々重いアクセサリーだ。

 人殺しの《ゲーム》で、カメラがある理由なんて幾つもないだろう。
 殺し合い《ゲーム》の様子を見るため以外に、他はない。
《ゲーム》を見ているのは、参加者をここに誘拐してこの建物の中に閉じ込めて《ゲーム》を強制する人間達。
 つまり、田上 奏はその誘拐犯の内の一人だった。

 正しくは誘拐実行犯とは別の仕事をするのだが、誘拐した人間と共謀関係にあるのだから。奏も誘拐犯の一人なのは間違いない。
 だからといって、奏がスミスのようにこの《ゲーム》を、虫を殺す子供のように楽しんでいるかと言えばそうではない。もっと、言うなら奏にとって《ゲーム》なんてどうでもよかった。

《ゲーム》に関っているのは彼女は《組織》に育てられたから以上の理由はない。

《組織》
 特定の名称のない、だが各国の警察機関や司法機関に癒着して他国では秘密裏に支援まで受けている犯罪組織。日本発祥の犯罪組織であるがその勢力は今やアジアや西欧まで伸びて、世界有数の規模を誇る。
 そんな犯罪組織が慈善事業で身寄りのない子供を育てるわけがない。簡単に言なれば奏は《ゲーム》のプロプレイヤーになるために育てられたのだ。



《ゲーム》には三種類の配役の人間が参加する。
《プレイヤー》――――建物に捕えられ殺しあわされる憐れな人間達。

《ディーラー》――――参加者を選定するなど、エクストラゲームのように《ゲーム》を盛り上げるプロディーサーのような人間。スミスのことだ。

《ゲームマスター》――殺し合いのゲームと言われてもすぐ殺し合う人間はいないし、極限状態になればなるほど人間はつまらない行動しか起こさなくなる。それを防ぐために場をひっかきまわすため、組織側の人間がプレイヤーの中に混ざるのだ。それがゲームマスター。



 奏はその優秀なゲームマスターとなるために組織に育てられ、既に十では収まらない《ゲーム》を生還してきた猛者である。

《ゲーム》が始まっても何もしない参加者の尻に火をつけるために刃物を振り回した。
 時には、いたいけな少女として誰かに守られ、その背中を刺した。
 またある時は、ワンサイドゲームにならないように参加者の人数を間引いた。

《組織》側の人間だからといって神様の保護があるわけでもない。経験という知識はあるものの、危険に陥っても誰も助けてくれず、参加者に殺される間抜けなゲームマスターも大勢いる。
 だが奏は年端もいかない頃から、隠して、騙して、殺してきた。

 数年前からPDAを始めとしたハイテクが導入されても、奏のやることは変わらない。欺き、偽り、殺すことだけだ。親友同士が殺し合うのを見ても、恋人が殺されて泣きわめく女性を見ても、子供を見捨てる親を見ても、何も感じなかった。

 親の名前どころか顔すらも知らず、そんなことで何かを感じるような教育は受けず、普通の子供が学校に通うように《ゲーム》に参加していた奏にとって、誰かが裏切り死んで殺し合うことは日常だった。時計の針が進むことに驚く人間はいないように、その程度のことで心を動かすようなことはない。

 そんな奏が彼と出会ったのは今から三年前の《ゲーム》であった。

 彼女は十二歳にして既に幾つもの《ゲーム》に参加して盛り上げてきたベテランプレイヤーで、彼はまだ成人もしていない人当たりがいいのだけが取り柄の大学生った。

 名前や内容が変わっても殺し合いの《ゲーム》は遥か昔から続いていて、今では第何回目かも誰も知らない。建物に閉じ込めて殺し合わせる《ゲーム》に移行してからはまだ百は超えてなかったはずだが。つまり特別な一回ではなく、ごく普遍的な一回だった。
 ルーチンワークで日課をこなすように奏は囚えられた参加者をもてあそび何の感慨もなく《ゲーム》から生還するつもりだった。

 参加者の中に、一人の青年がいた。人を信じることは当たり前で、人を傷つけるのはいけないことだと盲信のような常識を持っていた。

 当然、そんな常識人が異常な空間で生きられるわけがない。彼は最後に殺されそうになった。今まで守ってきた友人にナイフを向けられた。そして彼は――――殺した。
 偶然だったのかもしれない。必然だったのかもしれない。友人は死んでしまった。傍から見れば阿呆以外の何物でもなく不幸な事故以外に表現の仕方はなかったのだが、彼は苦しんだ。

 自分が殺してしまった、と。すまない、と。
 もう少しで生きて帰すことが出来たのに、最後の最後でミスをして殺される事≠ェ出来なかった、と泣いた。

 それは初めての光景だった。殺したことを悔やむでもなく、裏切られたことをののしるでもなく、殺されなかったことを詫びたのだ。君を躊躇させてしまってすまない、と泣いたのだ。何故ためらったのか、と憎んだのだ。

 だからだろうか、気まぐれで奏は彼を生かすことにした。殺してくれ、と言う彼の首輪を外した。生き残りが二人だけとなった建物の中で、彼の泣きごとを聞いた。そして《ゲーム》は一時、幕を閉じた。

《ゲーム》の生き残りには賞金が与えられる。大抵が片手以下しか残らないので、普通に生きていては手に出来ない額を得られるのだ。映画の俳優へのギャラのように。口止め料のように。
 普通のプレイヤーなら《ゲーム》のトラウマを心の奥にしまい惨めな人生を歩むことになる。警察に言っても、建物に閉じ込められた三日間殺し合いをさせられた、なんて途方もない話証拠も何もないのだから信じてくれるはずもない。

 だが、組織は彼にもう一つの選択肢を差し出した。

 彼に十一人の人間を自分の手を使わず間接的に殺しのけた≠ニいう《ゲーム》史上類を見ない偉業を成し遂げたとして、もう一つの選択肢が与えられた。

 それは組織側の人間になって《ゲーム》の参加権を手に入れること。

 殺し合いの《ゲーム》に再び参加することを望む人間は、奏のような生粋プレイヤー以外は壊れた人間である。彼はまだ、壊れていなかった。
 だからこそ、彼にはそれを断る権利はなかった。家族が莫大で返済する見込みが皆無な借金を抱えている中で《ゲーム》の賞金が再びもらえるというならば、断れるはずもない。彼がゲームマスターとして参加するのはそう遠くないことだった。

 そして彼女と彼は二度目の邂逅を果たした。
 一度目は加害者と被害者として。二度目は共犯者として。
 組織に入ってすぐに《ゲーム》に参加するのはいくらなんでも無謀である上、ゲームマスターとしての役割を覚える必要があるため、奏が指導係として選ばれたのだ。否、名乗り上げたのだ。

 それは懺悔や罪悪感といった感情からではなく自分のためだった。殺し合い《ゲーム》の表も裏をも知るプロ、柔らかく言うと仕事熱心の奏には、自分がプレイヤーの行動を把握できないままには出来なかったのだ。

 だから奏は彰智に知識を教える代わりに、観察した。
 最初こそいざこざがあったものの同じ時間を過ごしていくうちに彰智は『師匠』と年下であるにもかかわらず奏を呼ぶようになった。どうでもよかったので好きにさせた。
 駆け引きや《ゲーム》の心得などを教えて彰智はどんどんゲームマスターとしての実力をつけていったが、奏の観察の方は依然と進まなかった。

 彼は意味もないのによく笑った。怒られると済まなそうな顔をした。慌てると苦笑いをした。彼はナイフを見ると複雑な表情をした。でも、ナイフの使い方はうまかった。彼は静かな部屋で過ごすとよく寝顔を見せた。起きて彼女が観察していることに気づくと照れて笑った。そのうち彼が眠ると彼女も寄り添って眠るようになった。彼が起きると驚いて笑った。彼は彼女が人を殺すと悲しそうな笑顔を見せた。なぜかその顔が嫌いだった。

 笑い顔が基本の彼を何年も観察し続けたが、何も分からなかった。
 だが、彼は死んだ。殺された。ゲームマスターという組織側の人間なのに、あからさまなやり方で同じ組織側の人間であるスミスに殺された。
 粛清だ。
 彼は問題行動を起こし過ぎたのだ。

《ゲーム》に参加すると、彼は巧妙に出来る限り参加者が生き残れるように参加者やゲーム自体に干渉し続けたのだ。彼女には理由はわからない。一度聞いたが、何と言ったのか記憶には霞のようにもやがかかっている。

 それが露見したのであろう。さすがにゲームを見ている人間は騙せても、記録に残る数字までは騙せない。記録を誰かが見て、彼が参加するゲームの生存者が多いことに気付かれたのだろう。
 だから殺されたのだ。《ゲームマスター》は参加者に肩入れすることも認められているが、彼はあまりにも優秀すぎた。
 誰一人としてゲームを見ていた組織の人間が、彼の暗躍どころか不自然さすら気づけなかったという異常―――十一人の人間を自分の手を使わず間接的に殺しのけた≠ニいう彼の恐ろしさに今さらながら気づいたのだ。

 だから彼は殺された。優秀であっても使いづらかったから。優れていても飼い主を噛むかもしれない猟犬は生かされない。

「……………………」

 きしり、と細い指に掴まれているとは思えない力強さでPDAが軋んだ。
 このPDAは彰智から奏に託された最後の意志だ。

 彼が地雷に追いかけられているのを《証拠》として肉眼で見せつけられた際に、彼が置いていったものだ。落としたのではなく、置いていった。
 たまたま地雷に巻き込まれない場所に落としたのかもしれない。が、奏は確信していた。何より彼の最後の笑顔を見たのだから、疑いはない。彰智はもう自分は助からないとわかって、自分には必要がないが《ゲーム》には重要なPDAを奏に託したのだ。

「…………………」

 それはただ単に最後に少しでも師である奏の役に立とうとしただけかもしれない。ここまでで終わってしまう自分と違って無事に生きて帰って欲しかったのかもしれない。

 だが、それは奏にとって逆効果としか言えない。
 もう奏には無事に帰るつもりはなかった。

「…………………殺す」

 幾人もの人間を直接間接とわず殺してきたが、殺したいと思ったのは初めてだ。

「………………スミス―――――!」

 自分に知らせることなく処刑したことといい、彼がこの《ゲーム》に参加することすら知らなかったことといい、ゲームの責任者《ディーラー》であるスミス―――を演じる《組織》の人間がかかわっているのは間違いない。

「殺してやるっ…………………!」

 感情というものを教えられず育った彼女には、その感情を理解できない。奏にはこの心臓が潰されるような苦しさがなんなのかは分からない。今まで自分も同じことをしていた、なんて罪悪感もない。
 それどころか彰智がどんな気持ちでPDAを託したのもわかっていない。
 わかっているのは、この気持ちはスミスを殺さないと収まらないという事だけ。
 それだけで十分だ。

「…………………」

 PDAを操作していた指を止め一つは巾着、一つは帯の中にしまう。転がっていたかんざし―――マイクロカメラも髪に鏡を見ながらつけ直す。鏡の中の少女は普段から無表情な顔がさらに能面のようになっていた。

 復讐をするために奏は人殺しの《ゲーム》へ、自分の意志では初めて参加する決意を固める。

「…………………殺してやるっ――――――!」

 これすらも計算の内か、スミス。これも《ゲーム》を盛り上げる演出の一環か。
 安全圏で油断して見ていればいい。このゲーム、私が勝つ。

 PDAを掴んで、このゲームの一番の伏兵(トリックスター)は反逆の行動を開始した。
 ようやく舞台は整い、配役は動きだす―――人殺し《ゲーム》の幕が上がる。








『ゲーム開始より05時間49分経過/残り時間67時間11分』

第十一話 反逆開幕―――――――――――――終了




一日目 幕間『参加人物』






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